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 打鍵音が小刻みにぶれる。不規則な間が空いては、低音を発し、そして、画面上のカーソルは一気に後退した。


 なんの意味がある?

 これ。


 書いてて、不毛な感じしかしないってか、何回頭の中で妄想膨らましてもさ、その域から出ないじゃん、俺。まじで才能ないんじゃないのかな。そう思うと同時に、才能など結局ガソリンの量でしかないよねというのが、自分の眉間のあたりを悟空の緊箍児(きんこじ)らしく締め付けてくる。


「分かってんだよな、弱ェの」


 俺は熱で若干チューイングキャンディ化したのど飴のパッケージを剥いて、なんとなしに噛みつぶした。


「意志力の強い人間が、結局は勝つ」という証左を見せつける証拠は昔からたっぷりあった。がん患者が、生きることを信じ続けて余命2ヶ月を6年以上に伸ばしたりとか、仕事への復帰は不可能だと言われた半身麻痺と若年性認知症を併発した男性が、子供を学校に行かせたいという希望をもって、家族の支えを受けて回復しただとか。


 だけどもそういったのはごく稀にしかないよね、というのが通例だった。実際、世の中は甘くない、そんな絵に描いたような話が現実になるのは、たまたま運のよかった人間がそれを掴んだだけだ、と。世の中の認識は、そんな感じの冷笑を帯びた考えが多かったと思う。


 ただ最近、諦めの大好きな現代人の中に、妙な熱血ブームが流行っているみたいだった。


 この事実は俺みたいな人間にとっては死ぬほどウゼェこと限りないわけで、こんな摂氏130度の熱源にでも当たりすぎたかのような説をありとあらゆる一般人が主張するようになったきっかけは、IQが4しかないと言われたある一人の男子高校生が、奇跡を起こしたからだ。


 生まれつき、脳の半分がない、そういう人だったらしい。彼は生まれてから多動性の知的障害があって、記憶の容量も全くない。さっき言われたことすら、20秒経たずに忘れてしまう。おまけに海馬がないという。長期記憶も、短期記憶も絶望的。


 なのに。

 なのに、奴は。


 海外有名大学に首席合格したのである。よくマウントに使用される三種の神器である東大よりも上のあの、アレである。

 さっきやってたニュースでは、どうやら研究職のオファーが来ているとか。大学で人生なんか決まらないし、という通例の逃げ道すらも塞いでくる所業。


 名前は、田中だとか鈴木だとか、そんなごく普通にありそうな名前であったのも覚えている。

 そうだ。鈴木詠一だ。たしか、そんな名前だった記憶がある。


 弱者男性を名乗る一般の敗北者(=ほぼ大体俺)みたいな存在にとっては、この上なく自らのアイデンティティを破壊していくこの事案により、所持していたちんけなガラスのハートが釘バットで引っかけられたうえで、粉砕機にかけられてしまったのだった。


「だが、俺の心はまだシュレッダーされていない。もしやられていようが、新品のシャンプーの容器のように、シュレッダーされても内容物を惨めに吹き散らかしたりはしねえんだ」


 などとのたまい、変性して完全にソフト化している黒いのど飴を摂取しながら、半裸で上体をぬいぐるみがごとく振り子にし、屈伸運動を繰り返していると、


「グェッホ」


 むせた。


「ちく、グォホ、しょう」


 のど飴の中に含まれているハッカかメントールかの成分が、水滴に溶け込んで、気管の入り口辺りで効果的なスリップダメージを与えている。ネットゲームのボスならそれでミリほどのゲージも減らないが、彼はメンタルがクソザコであった。


「やめよう、書くの」


 彼のストレス耐性はあまりにも、ない。性格診断では、就職先の安定性が最も低い、芸術家タイプである。ほんの小さな刺激でさえ、ものを書いている間に継続する集中力ジャンキーの状態を破壊するには、十分過ぎる威力であった。


 早くも、ページをそっと閉じた。カーソルを操作する手も放棄し、俺はまた、何も出来ねえ奴に自主的に後退しようとしている。


 続けるべきだなんて言ったところで、改善できるわけもない。それで後悔して反省して実際に取り組めるもんならここまでの落ちぶれはない。自分を徹底的に卑下すれば、多少はマシになるとかいう、全くもってしょうもない現状否定と、自己拒絶による正当化による守りの意識がみられる。

 って何言ってんだ俺。理解できなくともいいや。


 そうして、俺は丸まり始めた。猫や子犬がやろうもんならこの動作はかわいいものだが、いい年した二十五の男性が、こうして丸まっていたところで気持ち悪い以外の感想は出てこない。し、スタックした時のゲームくらいのウザさすら内包しているに違いない。


「っと、ハミゲリでもやるか……」


 無気力、クソザコ人間全開の超絶不明瞭滑舌をもって、俺はゲーム「ハミングゲイルリンクスターズ」を始めようと据え置き筐体の電源ボタンに手を伸ばした。


 ちょっとした轟音を立てて、背後の扉が開いた。


「また、お前はこんなところで寝やがって」


 アレの声がした。振り向いた先には何も見えずただ廊下と、その前にある解放された合板製の扉が小刻みに揺れているのみ。どこにもいやしない。気のせいだったと思い体をもう一度寝かせようとしたところで、頭の上から声がした。


「馬鹿だな」


 忍び寄った母親の手によって、俺の襟を介して、脂肪に満ちた後頭部が引っ張られた。

 いつも毎度のことながら、背後をとる能力が高すぎる。

「なんでいんだよ、ここに」


「主婦だからに決まってんだろ!!」


 身内にだけウケる可能性のあるツッコミが炸裂した。


「あんたと違ってさ、私も、父さんもジョブスキルを取ってんだ。反応速度が鈍ってんじゃないのかい。さっさと就職して、まともに稼いできな」


「戦闘民族じゃないんだしさ、さすがにこんな強襲されても働くやる気になるかっていうとさ、違うじゃん」


「は、何言ってんのお前。現実見た?」


「え」


「うちにこれ以上あんたを置く余裕ねえっつってんだよ。ちょっと優しくしたら自分でバイトくらいは見つけてくるんじゃないかって肯定的に見てたのにさ、あんた、二年間で何してた」


「何してた、って、就活をさ」


 足を組み直して、俺は少し荒っぽく言い返した。


「大学辞めてから俺が何もしてないと思ってた?俺だってバイトとかいろいろやってさ、なんかしようと思ったよ。これ履歴書。ほらあるだろ」


 学習机の底を漁ると、コンビニで買った、備考欄の狭い履歴書が出てくる。隅までちゃんと記入してあんだぜ、ほら志望理由とか。


「だから何もしてないわけじゃ」


 母親は呆れ顔を崩さなかった。


「で、それで?」

「いや、ちゃんとやってるから」


「就活も行ってる風にスーツで出かけたけどさ、その後スーパーで見かけた時は失望したよ」

「え」


 変な色の汗が出たような気がした。


「これでさ、自分でやることしないで、神頼みってこんな情けないことあるかい」


「まあ母さん、新丈はやる気になったらすごいんだからさ」


 勤務時間中のはずが、突如現れた父親が庇う。そういえば、今日は帰宅が早まるかもとか言ってたのをこっそり聞いた。起き抜けだったからうろ覚えだったけど。


「あんた早かったね」


「定年だからね。再雇用のスケジュールだと早上がりなのさ」


「みてよ、この状態をさ、なんとかならないのかね」


「いや、でもそのうち働くだろうさ、結局働かなきゃいけなくなるわけだしね」


 父親は、俺の顔を一切見ることなく話していた。


「それで30になるまでこの可愛くない犬飼うつもりなわけ」


「でも、なんかさ、せめて就職までは面倒見てあげないとかわいそうじゃないか」


「かわいそうとかじゃないだろ、あんたがそうやって甘やかすからこの子は」


 扉を全開にしたまま、部屋の前で両親が口論し始めた。あ、いつも俺にはエアコンの無駄とか言ってるのに、こういうときだけは一切無視か。しょうがない。とりあえず気配だけ消しておくしか。俺はドゲザムーブになろうとしていた足をずらして撤退戦をはじめようとした、ときだった。


 俺が耳を塞いでいると、まばゆい光が、両親の背後から炸裂した。

 すると両親の体は、なぜか一瞬のうちに消え去った!


「へ」


 ドアと壁の間に立っていたのは、白髪の形状がせ○とくんになっている男。老齢になってもご飯が三杯以上食べられるという噂の不屈の老人、祖父だった。今は認知症のはずだが、なぜ元気に動き回れているのだろう。

 額に宝石みたいな謎の結晶が埋め込まれているのも、妙だ。

 

 仙人か何かになってしまったのだろうか。

 こういった場合、そこを攻撃するに限るが、それどころではない。


「爺さん!?」


「……えぇ?」


「おい、爺さん、どうしたんだよ。なあ。父さんも母さんもいねえぞ!なあ、何やったんだよ!」


「……なんて」


 耳が遠そうにしている。

 だめだ。


 まともな返事は帰ってきそうにない。あの光が俺の両親を吹き飛ばしたかどうかはわからないし、一瞬で行方不明になったことで何か驚かせようとしてるんだろう、と思いたい。


 ただ、頭が働かない。死んだ?おそらく死んだよな、絶対。祖父がなんかしたから。


「なんで俺のパトロンを、どこやったんだよ」


「知らん」


 いや、両親消してあんたが現れたんだぞ。突如現れたUFOにキャトルミューテーションされたとかでなければ、ほぼ間違いなく祖父のせいだ。


 爺さんの認知症は現役で、もしかしたら自分の娘夫婦をどうこうしたことにも気がついていないのかもしれない。そうなると非常にまずい。


「まず、真っ先に俺が疑われるじゃねえかよ!」


 動機は十分、「出て行きたくなかったから」で通じる。引きこもりの男が、両親が労働の意欲を失ったことで年金を払えなくなることに怒り、そのまま殺人事件を起こし、死体を遺棄した疑い、みたいな。

 近所の人間もたぶん頻繁に口げんかをきいてるだろうしなあ。


「あんた、だれや」


 血まみれになっている足下を引きずって、ふらつきながら関西弁で話しかけてくる祖父。母方の実家からここまで相当な距離があったはずだ。そこを歩いてきた。間違いなく、おかしい。


「俺の事、わからんの」


 相当な大声を出してみる。多分近所迷惑とか、この際関係ない。


「わからん。あんた、敵か」


 俺の声には反応したが、祖父の目は焦点が合っていない。なんか酒に酔った後に目が据わってる人を見ることがあるが、そんな感じのやつだ。俺はその体から離れようとして、立ち上がる。が、動かなかった。足が、しびれてやがる。


「こっちくんなよ、危ないから」


 そもそも、こんなとこに徘徊してくるなんて、どうなってんだ。なんか年取ってから異様に乱暴になったとかで、老人ホームにぶち込まれるの楽しみにしてたはずだろ、うちの祖母。


 大問四:さて、なぜうちの爺さんは突如キラー・マッスィーンに変化してしまったのか。


 老人ホーム生活での恨み?

 生活費に困窮したとか?

 いやそんなの判断できる状態だったかとか分からんし。

 と考えている間に、祖父の結晶体が発色している。

 やべ。


「HACCHU!」


 必死に動こうとしたところが、全く敏捷性が足りなかった。反復横跳びの記録も17くらいしかない、俺に横方向の動きができる訳がない。それに母の言うように無職だったこともあったのだろう、くしゃみのような音と共に高速で射出された何かを、俺は胸板と脂肪で受け取った。


 音圧か何かで、背後で綺麗な高温が鳴っていた。ドラマとかでしか見ないような割れ方で、窓ガラスが白い粉を吹いた。


「おあああっ」


 ズタズタになるのは、嫌だ!

 ガラス片が体にふりかかるのを、俺はなんとか回避した。しかしながら力がでない。がくんと体が重くなった。

 胸部から赤黒い液体が、漏れている。


「は、あ」


 血か、これ?触ってみると、てのひらにべっとりと付着した。

 気づいた時には、熱さが胸元から吹き出してきた。ただ、不思議なことにたいしたことがないような感じだ。もっと動けそうなのに、ただ体は何かに押しつぶされているみたいに重い。


「敵、殺さんとなあ」

 そう口走り、今までにない形相で、こちらをにらむ祖父。なにかの仇でも見たように、祖父は静かな怒りを俺に向けていた。


「親不孝ものは敵、敵や……」


 俺が働かないのが悪いのか?っていうか、なんで俺はこんな目に遭っているんだよ、な。でもそれって仕方ないことでさ。俺、何にもできねえしさ。

 徹底した自己評価のなさが悪さを働く。俺の口をついて飛び出したのは何の根拠もない弁護であった。


「だって俺、必死に」


「嘘こくな、この敵がなぁ!」


 祖父の叱責でその場は沈黙し、空気が揺れる。それはよくあるボスモンスターの咆吼そのものだった。飾り棚の上にあったものとかは全て散らかり尽くして、完全に床にグッズだのフィギュアのパーツだのが散乱していた。


「リウたんの足が!」


 手を伸ばそうとしたそこを、細い足で踏みつけられる。祖父の全力の拘束はおもいのほか重量があって、変な痛みがあった。

 あ、これ、指逝ったな。考えるまもなくそう思うと、祖父の顔面が完璧にこちらを補足して、首をぐりんと回してにらんだ。


「誰やあああ!」


 定期的に発生する症状だ。

 俺は、漏らしていた。走馬灯も見ることなく、暗闇に沈む前に見た景色が、認知症で何もかもを忘れちまった爺さんのアップとか、何の悪夢だってんだよ。ふざけんな。

 こんなとこで、死にたくねえ。

 なんだ、今かよ。本気でやろうと思ったの。クソが。


 体の力が抜けて何も出来なくなった俺を愚弄するかのように、脳内で謎のファンファーレが鳴り響いた。


「はは、死ぬときも馬鹿にされんのか」


 自嘲する俺のことを放置して、周囲の環境が勝手にライブハウス然とした照明と音響によって彩られていく。なんの理由があって、俺のことをこんな環境で取り残そうとしているんだ。

 こんなパリピしか生き残れないようなところ、俺は困るぞ。


 DJがリミックスしたように次第にその曲調は変わっていった。おかしい。一向にこの状況を説明する奴が現れる様子はない。普通、暗転して「あなたは残念ながら道半ばで死にました」とか案内人下出てきてもおかしくない頃だ。さっきからそう時間は経っていないはずなのに、俺の体は軽かったし、もうショックで俺の体は動いてないのか。


 妙な滞空時間を感じて、死にたくないから閉じかけていた目を開ける。突き飛ばされたことにたじろぐ祖父の半身と、一瞬カラーリングが黄土色と黄色のナゾ・スーツが見えた。

 と思うと、後ろから何人もの手によって押し上げられたような感覚があった。


 俺の体が、なぜか空中を浮遊していた。


「なにがおきてる」


 幼児のような発声で裏声る。曲調がまたがらりと変わった。どこかしらのバンドが流しているのか、爆音のロックミュージック的な何かがかかっているらしい。


 視界は一瞬でモノクロからセピアに、そして虹色のゲーミングカラーになった。

 え、という短い悲鳴を聞いてくれる人はいない。どこかから体中に飛んでくる物体をなすすべもなく五体で受け止め、発光する体を困惑しながら見回す。


 床に足がついた感覚が戻るとともに、目の前はクリアになった。


 は?なに?

 胸部装甲にあった風穴が、影も形もない。それどころか、ナゾの胸部装甲が、しっかりとその位置についていた。ちゃんとしたバトルスーツである。ぱっと見たつくりだけは。


「お漏らしするほど強くなる。屈辱を味わえ――」


 何言ってんの俺!?

 言いたくない決めセリフを、勝手に言わされた。自分の頭から出たのではなく、口癖であるとか挨拶のように自然と今まで言っていたかのように、口が滑ったと言う感覚だ。


 なんたる失態。小学生なら永遠にからかわれ、オシッコマンというあだ名がつけられるだろうことは想像に難くない。しかし現におれの姿はオシッコマンそのものと言わざるをえない外見をしていた。マスク以外は完全に朝のテレビ番組とかで見るような、戦隊もののそれに近い。


「おお、おおおお」


 祖父が怨霊みたいな声をあげて、俺の姿を食い入るように見ていた。


「ってか、落ち着けよ、爺さん、それはダメだろ」


 利き手を前に構えて敵意のないことを証明しようと試みる。伸ばすついでに、腕の材質を触ってみた。

 スーツを人差し指でつまむとラテックス生地?みたいにしわができているとか、弾力性のある感じはしない。自分の肌の一部として共存しているような感覚に近い。タイツよりも密着感がある。なんだこれ。


 ってかパッケージが意味わかんねえ。まず、なんの恨みがあってこんな露骨に「これ」を思わせる黄色いカラーリングに茶色い縁取り、泡としぶきのような白の水玉模様がところどころ施されている、とっても格好のつかないデザインをしていやがるのだ。俺のハートには異聞5みたいなゲージは存在しないから、今は一撃で粉砕される気概しか持ち合わせていないというのに。


 しかもよりにもよってその事実を自分で言わせるのかよ。どうなってんだ。

 ヒーローモノのドッキリだったらマジでやめてほしい。一瞬で放送委員会に止められるやつだし、そもそもこれ、働かない俺への当てつけか?


 爺さんに呼びかけても、なんも通じないし。流石にこれを冗談でやるなら、センスがねえ。


「やっぱりよお、敵やんけぇ」


 俺が突っ立ってる間には何もしなかった祖父が突然目をらんらんとさせ、そう叫んだ。


「敵?」


 とぼける間に右ストレートを俺の顔面にたたき込む。視界が明滅するくらいの威力だ。俺は後方で膝を抱えながら受け身を取った。柔道の時間だけは真剣に受けといて助かった、と思ったら、テーブルの角に頭をぶつけた。


「痛って……」


 軽く、失神しかけたぜ。

 ヤバい威力だが、大振りだ。うまく捉えりゃ、なんとか避けられる。でも今の俺に運動能力なんて、あるはずがない。体育の授業なんか、高校卒業したときから一度もやってないしよお、俺がなんとかできるのは、この体を丸めることくらいしかないのだ。


 そのまま祖父は左手を振り上げ、シミだらけな腕を手刀にする。


「うおおおおおらぁ!!!」


 大音声。俺がかろうじて横に転げると、その場に祖父の打撃がうなりをあげて落ちた。築30年以上の木造住宅家が衝撃だけで大きく揺れ、俺の隣にあったロー・テーブルが二つに寸断された。

 漏らしたばかりの股間が縮みあがりそうだ。


「と、とりあえず、け、警察、でないと」


 全身ナゾ・スーツの男性が慌ててベッド近辺に投げ出してしまったスマホを拾い上げる。ロック画面を無視して白い画面、緊急通報ダイアルを呼び出して、三桁の番号を打った。

しかし、歩きスマホの常習犯で、低頭族と化してしまっている俺はスマートフォンを約60度の角度で視認するせいで、背後から来る爺の一発に気づけなかった。


「うらぁぁ」


 背骨をクリーンヒットする一撃が、祖父から放たれる。

 少し姿勢が悪い中腰から繰り出された回し蹴りによって、俺の上体はドミノ倒しのように床に向かい、支えを失った哀れなスマートフォンは約1メートルの所から落下したどころか、一発でベッドの下に滑っていった。祖父はバランスを崩し横腹から転倒、俺もその場に悶絶して、突っ伏した。

 痛みで手が震える。顔を伏せ、必死になって奥を探るも、体が動かない。


「く、くそ、とどk」


 届いたと思ったら、這いずっている俺の体に祖父が馬乗りになって、俺の肩甲骨を殴打する。衝撃で俺の手を離れたスマートフォンはさらに奥にもぐりこんでいく。発信が完了した警察へのダイアルだけを残して。


 一般男性の生息していた部屋の中で、意味の分からない怪人バトルが始まろうとしていた。

 さらにその様子は警察にリアルタイム配信されている。


「あー、もう、意味分かんねぇんだけど!」

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