第1話「妊娠発覚」
妊娠が発覚したのは、5月10日(火)の夜。
なんとなく尿の匂いがいつもと違うと感じ、仕事終わりに妊娠検査薬キットを買って家に帰ってきた。
「まさかね。期待して陰性な可能性もあるよね」
そう独り言を呟いてトイレに篭る。初めて手にした検査キットは、漫画やドラマで見たまんまの形だった。まさかとは思いつつ、しかし、もしものことも考えての検査。
尿をかけると、すぐにうっすらと線が入った。1分後にはくっきりと線が浮き出て「陽性」と確定する。
過度に期待はしていなかったが、胸の中の風船が破裂したような感覚だった。
「妊娠……した」
衝撃半分、喜び半分。
ふわあっと口元が緩み、思わずお腹を撫でた。
相手は、同棲中の彼氏、真司だ。
彼とは4年付き合っており、結婚の約束もしていた。付き合った記念日である11月に入籍しようかと話をしていた時の妊娠の発覚だった。
排卵日を意識して生活はしていたが、旅行中にゴムを忘れてしまい、流れで性行為を及んだという思い当たる節はあった。世間では、デキ婚はふしだらだとか、順番がおかしいとか、マイナスな印象が強い。でも、その時は正直、この人となら妊娠しても大丈夫、という謎の自信があった。正直なところ、世間で言う順番はどうでも良かった。好き同士で一緒にいるんだから、順番になぜ囚われるのかと。男女関係、結婚している者同士と同じ。未来をともにする覚悟があるなら、順番に囚われず愛しあって何が悪いのかと。
私は自分なりの持論があり、この瞬間、焦りや罪悪感は微塵にも感じなかった。
真司は、子供が大好きだ。
ゴールデンウィークに地元で開かれる親戚のバーベキューに彼を招待し、家族に紹介したことがあった。うちはサマーウォーズ並に親戚が多く、交流も多い。親戚や従兄弟に馴染んでいた真司を見て、心の底から大丈夫だと安心したこともあった。体操のインストラクターをしている彼は、子供と関わることが多く、扱いもうまい。親戚のちびっ子達と遊ぶ真司は、良い父親になるだろうと確信もした。
検査キットの結果が出て10分ほど経過した後、すぐに真司は帰ってきた。
普段通り帰宅後すぐに手を洗って部屋に入ってくる彼に、キットを見せながら「妊娠した」と報告する。真司は目を見開き、口を開いた。
「おお!」
短い言葉を発し、意外とあっさりした反応。しかしすぐにニヤついた。
「俺もついに父親になるのか」
そんな真司を見て、私もつられて笑った。
「順番逆になっちゃったね」
そう返しながら、私は彼の手をお腹にあてる。人より脂肪が厚めの私。すでに多少ぽっこりしているお腹を、真司は優しく撫でてくれた。
この瞬間から、私達は夫婦になったと思った。
私は妻へ。彼は夫へ。
この瞬間から、私は母親になり、彼は父親になった。
それぐらい、あの日の喜びは忘れない。
それぐらい、幸せな瞬間だった。