死者の谷
月能の屋敷での準備もひと段落し、私はゲームをすることにした。
ヘッドギアを被り、ログインする。
「やっとログインしたね……」
「ふふ。見えてたわ……」
「珍しい組み合わせだな。ミナヅキとラプラス」
ミナヅキとラプラスが拠点の受付の前で立っていた。
「僕たちは君の案内をすべく残っただけだよ」
「案内?」
「君、今日までログインしてなかっただろ」
「あー」
ちょっとゴタゴタみたいなのがあって一週間ログインしていなかった。
というのも、月能の父が私をハワイにいる親から親権を金で買ったらしく、そういうゴタゴタ。金が手に入ってウハウハだからか、すぐに親権を譲り渡したみたいだった。
金で買われた感が拭えないが、まあいいだろう。
これで名義上は月能父……。茂治さんの娘となったわけで、月能の姉になった。なんか複雑。
月能は気にしてないみたいだし、私も市ノ瀬の姓のままだが。
「現実世界でちょっとな。で、案内?」
「そう。オイリが偶然、変な場所を見つけたの」
「そこに俺らは一度行ったんだけど……。まぁ、ちょっと怖かったし敵も強かったからゼーレのログインを待とうということでね」
「というわけで、いくわよ」
と、訳もわからず出発したのだった。
王都から出て、しばらく歩く。歩くと谷が広がっていた。マップによるとここはフロリアンキャニオンという谷らしい。別名は死者の谷。
よくこの谷には死体が投げられ、この谷に来たら死ぬということで死者の谷。
「不気味な谷だな。底みえねえぞ」
「この谷の下……。飛び降りようか」
「はぁ? 飛び降りる? 落下ダメで死ぬだろ」
「僕たちを信じて」
とジリジリにじり寄ってくるミナヅキたち。
飛び降りる? バカ言うなよ。死ぬだろ。
「ここで死ぬことが必要なんです」
「はぁ?」
「僕たちは先に行きますよ」
と、二人は飛び降りた。
ここで死んだら拠点でリスポーンするだけじゃねえか。嫌なんだが。一度も死んだことはねえし……。
だがしかし、行くしかない、か。信じて飛び降りろって無茶を……。
私はしょうがないので死ぬことにした。
こっからノータイムで飛び降りれるやつの方が凄いけどな。
私は助走をつけ、大きく幅跳び。だがしかし、谷の向こうまでは届かず、そのまま落下していくのだった。
これで普通に死んだらアイツら許してやらねえからな。なんて恨み言を吐きつつ、谷底めがけて真っ逆さまに落ちていく。
深い。まだ底につかない。
真っ暗だ。太陽の光も届いていない奈落の底。
私はそのまま目を瞑る。来るべく死の瞬間を見ないために。
だがしかし、死んだという感覚はいつまで経ってもやってこない。
「あ、ゼーレきたぁ!」
「やっとですか」
「やっとか……。あとはテメェだけだ」
と、オイリ、ワグマ、ハーレーの声が聞こえる。
目を開けると、予想以上にボロボロの三人と、もう死にかけのモンキッキとキャツラ、そしてミナヅキとラプラスがいた。
「は? 死んでねぇの?」
「……説明してないんですか?」
「面倒だったから」
「はぁ……。そういうとこですよ。ゼーレ。ここは常世という場所です」
「常世? あー……。死者がーとかそんなんか」
「あるクエストをオイリが受注しまして。それで、ここを見つけました」
「えっへん! でもね、この先にものすごく強い敵が……。なんか強い人を探してるって……」
「ふーん……」
「必ずタイマン、だそうです。ここにいる全員ボロボロにやられました」
「残るは私だけ、タイマンか。いいだろ。やるか」
腕が鳴る。
タイマンを望んでくるやつというのは気が合うな。タイマン、やってやろうじゃねえか。