世界は狭い
翌日、学校で。
「ま、まさかあの阿久津家のご令嬢様だとは思わず、数々の無礼を……」
「……なんかしたんですか?」
「私ごときが阿久津家の方だとも知らず……」
地に頭をつけて謝っている。私に助けを求める月能。
「いやぁ、お前が阿久津家の令嬢だって気づいて無かったみたいで教えたらこうなった」
「病院で阿久津って言いませんでしたっけ……。父も顔を合わせてますし」
「ど、同姓の人なんて世の中にたくさんいますから……」
「それはそうですけど……」
それにしても鈍感だよな。
「まぁ、いいんですよ。気にしてませんから。普段通りでいいです。こいつよりは無礼な真似してませんから」
「それに、今どき無礼とかねえだろ。侍の時代に生きてんのか? じゃあこいつ殿様? 似合わねー」
「このとおり」
と、月能は私を足で蹴る。
まぁ、月能はそういうことを気にする輩ではないのは知っているが、面白いからこのままにしておいた。こういう反応は新鮮だしな。
「それに、一応言っておきますがこいつも阿久津家の令嬢ですよ?」
「あ、そうなんですか!? でも名字が……」
「複雑な家の事情だよ。私は市ノ瀬の方が慣れてるからそのままにしてもらってんの」
「こいつにも阿久津家の血が流れてるんです。まぁ、そんな敬語使わないでもいいですよ。私は気にしませんので」
「は、はい。じゃなくて、わかった!」
私たちがそう話しながら外に出ると、何やらワゴン車が停まっていた。
ワゴン車の助手席の窓が開かれる。中にいたのは金髪の外国人。
「あ、お母さんだ」
「あれ桃の母さん? お前ハーフだったの?」
「いや、父さんの再婚相手。優しくていい人だよ」
「ふーん」
と、私とその外国人の女の人と目が合う。
「……カサンドラ?」
「……は?」
「ねぇ、あなたカサンドラ!?」
と、車から降りて私の肩を掴む女性。
「カサンドラ? 違うよお母さん。この子は花音っていう名前で」
「……花音」
「なんつーか、私も初めて知ったわ。産みの母親に姉妹いること……。世界狭えな……」
喫茶店で私たちは話をすることになった。
私はカサンドラという女の娘であること、そして不倫した相手と生まれた子供であることを告げる。
そして、カサンドラの現在も伝えた。
「えーと、じゃあお母さんと、花音ちゃんに血のつながりあるってこと?? え、どゆこと??」
「まじでどういうことなんだろうな……」
「世界って狭いのね。私も驚いたわ。カサンドラが日本に行ってから音信不通になって、心配になって数年前に私も妹を探しにきたの。まさか自殺していたなんてね……。それに、不倫もして……。馬鹿な妹」
「その通りですね」
「ごめんなさい。うちの妹が子供であるあなたにも迷惑をかけたわね」
「……いや、まぁ、謝ってもらいたいとかそういう気持ちはないんでいいんすけど」
たしかに私の顔の面影が少しある。
金髪青目。カサンドラと顔が似ているっちゃ似ている。私はこの人の姪という立場か。
なんつーか、巡り合わせってすげえな。
「大変、だったでしょう?」
「……まぁ、荒れてた時期はありましたけど今はそんなに」
「そう。よかった……。その、ひとつお願いしてもいいかしら」
「……なんすか?」
「写真、一枚撮らせて欲しいの」
と、スマホを取り出した。
私そこまで撮られるの好きじゃねえんだけど。まぁ、いいか。この人が私に妹の面影を感じるのなら一枚くらい。
パシャリと一枚撮られる。
「そういや、目はどうしたの? ものもらいができたのかしら……」
「いや……」
「目怪我して見えないんだよ……。私のせいで……」
「お前のせいじゃねえよ。やりたかったからやったらこうなっただけで自業自得だ」
「でも……」
「本人もこう言ってるんですし、そんな罪悪感感じることはありませんよ」
これはいわば罪科みたいな。なんだこの言い方。かっけえな。
まぁ、見えないのは不便だけどな。
「さて、じゃ、私たちもういくんで。会えてよかったっす」
「そう。いつでも遊びに来てちょうだいね」
「歓迎されんなら」
私はぐいっとコーヒーを一気飲みして店から出たのだった。
世界は案外狭いものだ。
 




