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心を読む聖女

聖女?リシューは見下ろす(見下す)

作者: 水紅

 ここは、とある国の大神殿。そして、現在まさに神の愛し子である聖女の祈りが捧げられていた。


「神よ、今日も我が国をお護りくださり感謝致します。」


 短い一言の後、長い祈りを捧げる。

 聖女に関わらず、この国の信仰深い民たちの一日の最後に行う儀式。


 ラミエナ王国は、こうして長い間平和を築いてきた。





「聖女様、今日もお疲れ様でございます。」


 侍従の労いの声に、今代聖女リシューは神聖な微笑みを顔に浮かべ応える。お淑やかで慎ましく、落ち着いたその様子は、とてもまだ十代半ばの少女には見えない。

 それは、幼い頃から背負ってきた聖女としての重大な責務の影響が少なからずあるのかもしれない。



 ラミエナ王国にはこれまで九十九人の聖女が仕え、その任を立派に果たしてきた。そして、今代聖女リシューが百代目の聖女だ。

 これまでの聖女の中には、未来を読む力、万物を癒す力、国を覆うほどの巨大な結界を張る力など、どれも強力でかつその時必要とされた力が多かった。中には、心を読む力といった特異な力を与えられた者もいたが、その聖女は様々な偉業を成し遂げており、やはり神の采配に間違いはなかった。


 しかし、今代聖女リシューはこれまでの聖女の中でも特に変わっているといえるだろうう。




 何故なら、彼女…いや、()は男であった。








「あー、マジで疲れた。いや、本当今日も頑張ったわ、俺。」


 リシューもといリシュエルは、侍従が部屋から退出し一人になった途端、先程までの聖女然とした佇まいからはまるで想像も出来ない口調で呟いた。

 サラサラのプラチナブロンドに、可憐な顔つき、陶器のような白い肌は、どこからどうみても美少女でしかないが、彼は正真正銘男である。


 大事なことだから、二度言おう。

 彼は男である。


「しっかし、さっきのは笑ったなぁ。いい歳した大人がビビって泣きじゃくるとかw…腹、捩れるかと思ったわ。」


 リシュエルは男ではあるが、間違いなくラミエナ王国の今代聖女だ。しかも、百人目というとてもめでたい筈の聖女なのだ。

 だが、男である。これまで女性しか選ばれたことがない聖女に、初めて神より選ばれた男なのだ。


 いくらリシュエルが絶世の美少女であろうが、この事実だけは天地がひっくり返っても絶対に覆ることはない。いや、もちろん世界は広く、男であっても女の心を持った者やその逆もいるのだが、リシュエルにその気は全くない。

 むしろ、その可憐な見た目に反して、中身はトンデモなく苛烈な性格をしており、それに気づかずゲスな欲望をもって近づいた貴族たちをこれまでかというほどに吊るし上げた。


 神がお与えになった奇跡の力をもってして。

 文字通り、吊るし上げたのだ。

 そう、物理的に。



「ぎゃあああああ‼︎やめてくれ!やめろー!死ぬーー‼︎」


「アッハハハハハハハ!バカかよ、死ぬわけねーだろw……ごほん、可笑しなことをおっしゃいますね。死ぬわけございませんでしょう?なんたって、聖女である私の力が、神がお与えになられたこの力が、暴走するとでも?」


 いや暴走してるというより暴走させてるんだろうと、見ていた者の心の声が一つになるが、勿論誰も口には出さない。マジで吊るし上げられるのは流石に勘弁だ。


 一方、頬に手を添え可愛らしく首を傾げる聖女リシューは、姿だけなら一枚の絵画にもなるほど可憐で美しい。

 しかし、先程の素の声や目の前で繰り広げられる異常な光景が彼の内なる性格を如実に表している。


「ひっ、ひっくひっく、も、もうやめ…」


 ついに吊るし上げられたどこぞの貴族の男は気絶した。あまりの高さに耐えられなくなったのだ。

 そりゃそうだろう。人が豆粒ほどにしか見えない高さまで、逆さ吊りの状態で高速飛行したのだから。

 普通に泣く。


「チッ…この程度かよ、つまんねー。やっぱ、貴族の坊主は根性ねーな。」


 期待はずれだとでも言わんばかりの不服そうな表情でそう呟いてから、リシュエルは再度高速で移動する。次は、地上に降りるために下に向かって。


 そう、リシュエルもとい聖女リシューが神より与えられた力というのが、この“空を飛ぶ力”である。





 初め、リシュエルが聖女としての信託を受けた時は国中が、いや世界中が震撼した。まさか、聖女に男が選ばれるなんて誰が思うだろう。

 勿論、多くの人がそれに対して賛否両論に分かれた。しかし、意外にも反対派と対抗できるくらいには賛成派も多かった。それはひとえに、彼の血の繋がらないご先祖様にかつて様々な偉業を成し遂げたとある聖女がいたからに他ならない。


 だがしかし、それでも聖女という誉れ高い席に男がつくというのは、前例のない前代未聞の出来事。反対派が優勢を保っていた。


 …聖女の任命式が行われる日までは。



 現れた聖女が少女と見紛うほどの可憐で美しい容姿をしており、かつ純白の天使の羽を背負っていたとなれば話は別である。

 その純白の羽でゆっくりと地上に舞い降りる姿は、まさに天使そのものだった。


 この日から、「聖女が男なんて反対だ」派がコロコロッとひっくり返ったのは言うまでもない。



「リシュー様こそが聖女に相応しい。」

「ああ、むしろこれほど聖女に相応しい少女がこれまでいただろうか。」

「なんて可憐で美しいの…」

「やはり、神の采配は正しかった。」

「ああ、まるで彼女は天界より舞い降りた天使だ。」



 いや、だから彼女ではなく彼である。

 そして、何勝手にリシューという少女らしい名前に脳内変換しているのか。


 全員が全員、見事にリシュエルが男であるという事実から目をそらしやがったのだ。

 …少々、これは聖女の手のひらで転がされ過ぎである。


 これが全て反対派を黙らせる為に聖女自らが考案した演出だなんて、知らぬが仏だろう。

 ましてや、コロコロされている民主を頭上から見下ろして(見下して)、ほんの一瞬聖女が悪どい笑みを浮かべたなんて誰が知ろうか。




 まあ、世の中知らない方がいいことなんてごまんとある。

 かつて世界中から愛された一人の聖女も、今となっては素晴らしい口伝が伝わっているが、当時はトンデモない問題児として名を馳せていたなんて、それこそ彼女の義理の孫の孫の孫であるリシュエルとその一家、後は各国の禁書庫にある歴史書くらいにしか正しいことは伝えられていない。

 これに関しては、当時の各国の御用心が話し合いに話し合いを重ねた結果のことだ。だから、現在は聖女が成し遂げた華々しい偉業だけが世間では知られている。いわゆる、印象操作であった。



 しかし、その聖女が当時養子縁組で引き取っていた少女が、その聖女を神よりも崇拝し、彼女の人生をまるで冒険小説か何かかのように書き上げた渾身の一冊がリシュエルの一家では代々受け継がれていた。

 それは、その著者である少女の類い稀なる文才によって、世に出せばヒット間違いなしというほどに面白く、感動できる素晴らしい出来で、涙なしには語れない。


 だが、この一冊はリシュエルの一家に並々ならぬ影響を及ぼしていた。孫の孫に至るまでそのかつての聖女を崇拝し、また血が繋がっていないにも関わらず、その性格までをも見事に受け継いでいくことになろうとは、流石に著者である少女も予測出来なかったのでは…


 いや、もしかしたらそれが狙いだったかもしれない。



 ともかく、世の中には知らない方が良かったことなんていくらでもあるのだ。







「こ、こんなヤツが聖女だなんて…」



「ふふっ、神が俺…ごほん、私を聖女として選んだのですから、これは神が望んだ結果ですよ。」



 まるで、かつて世界を騒がせた一人の聖女の言葉をなぞるように。






 リシュエルもとい聖女リシューは、今日も頭上から人々を見下ろす。

 勿論、誰よりも高い場所から。

 その可憐な顔に邪悪な笑みをのせて。




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