9話
ーーーーー 王都ルクセンブルドック
ズレネズミは舌打ちをした。
「やっぱし混んでやがる」
王都の第一門には長蛇の列が出来ていたからだ。
「どうせ入れっこねえのによ」
溜息をつきながらリュックのサイドポケットから水筒を取り出し一口飲んだ。
「野宿になるかな、この感じだと」
行商人として十年以上のキャリアをもつズレネズミ。野宿なんぞは日常茶飯事の事。準備はしっかりと出来ているし天気の悪くない。だから狼狽えることはないがここに並んでいる人間のおそらく半数近くはそんなことは考えもしていないだろう。
「ふぅ」
再び溜息をついた。
「オイ、どういうことだ」
背後から重低音の声が聞こえた。どっかの田舎から始めてきた奴か、その割には口の利き方がなってない。教えてほしいのならばたとえ年上だろうと相応の言葉遣いというものがある。そう考えゆっくりと、威圧するようにズレネズミは振り返った。
「なっ、」
デカい。巨体の男だった。
「オイ!聞いているのか」
「は、はいぃい」
自分はこの目の前の大男、見たことも無いほどのガタイの男にビビっている。それがはっきりと分かってしまうほど自分の声はうわずっていた。
「野宿、そう聞こえたが」
「はいぃいい!そうです、そうであります」
さっきの独り言を聞かれていたのだ。街に到着した事で気が緩んでいたのかもしれない。こんな異常な存在感が背後にいて気付きもしないとは間違いなく失態だ。そんなことを頭の片隅で考えつつも、ズレネズミは背筋を伸ばし直立不動で男の質問に答えていた。
「受け入れられん、断じて否だ!」
「はいぃいいいい!申し訳ありません!」
自分はなにをしているのだろう。まったくわからない、わからないがズレネズミは今、頭を深々と下げ、謝罪をしていた。
「まあまあパルメザンチさん、もっと穏やかに話を聞いてみませんか?」
いつの間にか少年が近くにいた。よく見たらその隣には少女もいる。一体どういう関係だろうか。
「そんな悠長なことを言っている場合か!オイお前、名前は」
「はっ!ズレネズミです」
ズレネズミは自分が自分の意志とは関係なく敬礼をしていることに気がついた。まるで新人兵士のようだ。なんでこんなことになってしまっているんだろう。
恐ろしいのだ。目の前にいる男が。
「オイ、ズレネズミ。とっとと話せ」
「はいぃいっいいい!」
話せと言われても何について話せばいいんだろうか。しかし聞き返すのはマズイ。機嫌を損ねたら怪我では済まないかもしれない。長蛇の列のせいで門番は遥か遠いしさっき見た所近くに知人はいなかった。もしいたとしてもこんな男が襲い掛かってきたところを助けてくれるような勇気をもった知人に心当たりも無かった。
脂汗が噴き出てくる。
マズイ。
どうしたら。
「ズレネズミさん。さっきズレネズミさんは「どうせ入れっこない」って言っていましたよね。それってどういうことですか?」
その言葉は少年のものだった。助かった、ズレネズミはそう思った。
「そのまんまの意味ですよ」
男の顔色を窺う。苛立った様子はない。どうやら少年の質問は男が知りたいものと同じの様だった。
「街の中に入るには資格がいるんです。都民証が、ほら、これですよ」
左の内ポケットから取り出し、手渡す。
「これは似顔絵か」
ひったくるように取った男が言う。
「年に15万ゴールドも払って手に入れるんです。だがここに並んでいるほとんどの奴らはとても手に入れれねえと思います」
あっ、男が都民証をグニグニ曲げている。おーーーい、頼む止めてくれ。使えなくなったらまた15万も払わなくちゃならねえんだぞ。おい、曲げるな。
「持っていないのに皆さん並んでいるんですか?」
「あ、ああ、それが必要な事すら知らない田舎者どもも大勢いるんです」
「それなら立札にでも書けばいいのではないですか?そうすれば兵士の皆さんも楽だと思うんですけど」
おーーーい、今なんか、ピキって音がしたぞ、オイ。
「いや、言っていませんでしたがもうひとつ一般人が街の中に入れる条件があるんです」
「条件?」
「それは闘気使いであること、それが条件です」




