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6話

 


「アオシ!」


 妹は僕の姿を見た途端に走り出した。僕はパルメザンチさんの背中から降ろしてもらってそれを待った。


「アオシ!」


 タックルみたいに突っ込んできた妹を僕はなんとか受け止めることが出来た。体は痛んだけどここで倒れてしまうのは、兄としてあまりにも格好悪いと思って耐えた。


「ちょっとミカ…」


 呼吸ができないんじゃないかと心配になってしまうほど、妹は僕の胸に顔をうずめている。


「アオシ、アオシ、アオシアオシアオシ…」


 しゃくりあげるような音と呼吸の温かさが体に直接伝わってくる。



「大丈夫だよ」


 僕はその頭を優しく撫でた。こんなことをするのは久しぶりだ。もっと昔はしょっちゅうあったけど、成長するにしたがって無くなっていった。


「大丈夫」


 相当不安な思いをさせてしまったんだと思う。思ったよりも大分遅くなってしまったから。僕は妹が落ち着くように出来るだけ優しく頭を撫でる。


「あ、」


 少し体勢が変わった瞬間、僕の足首は針で突き刺されたかのように痛んだ。「倒れる」そう思った時、僕の背中を支える力強い存在があった。


「パルメザンチさん…」


「フラフラするな」


「ありがとうございます」


 巨体の持ち主が左手を伸ばして僕の体を支えてくれていた。


「………」


「大丈夫ミカ、良い人だよ」


 どうやら妹はパルメザンチさんの存在に今、気が付いたようだ。これだけ存在感のある人に気が付かないとはよっぽど心配をかけてしまったらしい。


「それがお前の妹か」


「………」


 目深に被ったフードから見えるミカの目はなおもパルメザンチさんを見つめ続けていた。


「ほらミカ、挨拶して」


「………」


「全く、コイツもまともに喋らんのか」


 無言の妹を見て呆れたようにいったパルメザンチさん。そういえば一番最初は僕も言葉が出てこなかった。そのことを言っているんだ。けどあんなことがあれば誰でも声が出なくなると思う。


「悪人面!」


「あ?」


「ちょっとミカ!」


 開口一番に悪口を言い放った妹の口を、大急ぎで塞ぐ。


「このガキ…」


「すいませんパルメザンチさん、悪気はないんです」


 慌てて謝る。顔の筋肉が強張っている。すごく不機嫌そうだ、当たり前だけど。


「悪気しか感じん」


「本当にすいません」


「モゴ、モゴモゴモゴ」


「まだ言おうとしてやがるぞこのクソガキ」


「謝ってます、謝ってるんだと思います。ねえそうだよね、ミカ」


「モゴ!モゴモゴモゴ!」


「謝ってます、すごく反省しています」


「それならその手を離してみろ。謝罪は本人の口から聞くものだ」


「いや、それは、ちょっとその…本当に悪気は無くて…」


「モゴモゴ!下っ端ヤクザの舎弟!モゴモゴモゴ」


「ごめんなさい、だそうです。パルメザンチさん、すいませんでした」


 口を塞いでいた手が外れてしまった拍子に、とんでもない言葉が聞こえてしまった。僕は大きな声を出して妹の声を掻き消そうと頑張ってみた。


「聞こえたぞ!「下っ端ヤクザの舎弟」だと?それはヤクザですらない底辺中の底辺だ。なぜこの私が下っ端ヤクザに忠誠を誓わねばならんのだ、兄貴としたわねばならんのだ。「兄貴、タバコ買ってきましょうか?」などと、この私が言うとでも思っているのか!なにが悪気はない、だ!悪気の最上級だ!」


 頑張ってみたけど全然ダメだった。


 なぜミカはこんなにも興奮しているんだろう。こんなことは今まで一度も無かった。人見知りで僕の背中に隠れているのが初対面の人と出会った時のいつものミカの姿だというのに、なぜ今日に限ってーーー


 そうか。


「パルメザンチさんは僕が危ない目に遭っているところを助けてくれたんだ。僕のけがはパルメザンチさんのせいじゃないんだよ」


 暴れていた妹の動きが止まった。


「………」


「怪我をした僕をここまでおぶって来てくれたんだ。良い人なんだよ」


「………」


「パルメザンチさんすいません、妹はどうやら勘違いしていたみたいです」


「まったく、迷惑なクソガキだ」


「ほらミカ、謝って」


 パルメザンチさんは本気で怒っているわけじゃないと僕は思った。誠心誠意謝ればきっと許してくれるだろう。ミカは少し頑固なところもあるけど素直な子だ。それがパルメザンチさんに伝わればーー


「………」


「………」


「………」


「………」


「………」


「悪人面!」



 ダメそうだ。




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