4話
両手で僕は林檎を受け止めた。艶のある赤はさっき採ってきたみたいにだった。
「む!」
いつの間にか林檎は手から消え失せていて、シャリッという軽快な音と共に半分無くなっていた。豪快に食べるその様子を見て、口の中に唾が一気にあふれ出してきた。そしてまたお腹が鳴った。
「はうぁ…」
食べたかった。もしかしたら貰えるんじゃないかと期待してしまった。けどそんな期待はするほうがおかしいのだと気が付いた。ただでさえ高級な林檎、しかもあの新鮮さだとひとつ千ゴールドはするのかもしれない。それをさっき初めて会っただけの僕にくれるはずなんかないんだ。
「なんだ、その顔は」
「いえ、なんでもないです」
どうやら僕のガッカリ感ははっきりと顔に出ていたようだった。
「そんなにジロジロ見られては美味いものも不味くなる」
「すいません」
「もういらん」
「わーーー!」
「む!なんだ」
半分になった林檎を右手に持って振りかぶるのを見た僕は慌てて声をあげた。
「あの…」
「いらないなら下さい」そう言いたかったけど言葉にできなかった。あれはあの人のものだ、投げ捨てたとしてもあの人の自由だ。たださっき会っただけの僕がそんなことを言うのはおかしい事なんじゃないかと思った。
「おお!そうだ。お前にくれてやろうと思って取り出したのだ。すっかり忘れていた」
「い、いいんですか?」
「だがなぁ、こんなマズい林檎、貰ったところでうれしくもないだろう」
「いえ、そんな…もし、もし良ければ、頂きたいです」
マズいだなんて僕にはそうは思えなかった。さっき採ってきたみたいなピカピカの赤色の林檎は見たこともが無い位綺麗だった。半分になってしまったけれど、そんなことで魅力は無くなってはいない。むしろ断面の明るい白がより美味しそうに見えた。
「だったらくれてやる」
「ありがとうございます」
僕の両手にまた林檎の重さが戻ってきた。美味しそうな香りがして僕は落としてしまわないように包むように持った。宝物みたいだった。
「ありがとうございます。本当にありがとうございますーーー」
「なんだ」
僕は重大な事に気が付いた。
「僕、アオシって言います。もしよろしければ、名前を教えていただけますか?」
「名前!」
どうしてそんなに驚いた顔をしているんだろう。
「名前!名前!名前!!!」
「名前、名前…」
もしかして、と思う。
「名前は」
俯いていた顔を上げて僕の顔を見た。
「パルメザンチ」
「?」
「パルメザンチ!だ!!」
眼光鋭く、力強く、言いきった。
そんな風に自分の名前を言う人を僕は初めて見た。




