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10話

 


 ーーーーー 王都ルクセンブルドック 第一門



「隊長ー!フルカワ隊長!一大事です」


 第一門の責任者フルカワはドアの外から聞こえる大声で我に返った。


「あの声はイケザキ、なんだというんだ、まったく。我は忙しいのだぞ。はぁ…美しい、完成された美しさがある」


 視線の先にあるのは一つの机と一つの椅子。大して立派ともいえない部屋の中にあって窓から降り注ぐ日光の反射に黒く光るその二つには、場違いなほどの高級感があった。


「たいちょーーー!」


 ドアの外から聞こえる声が大きくなっていることも、そこにドタバタとした足音が混ざっていることもフルカワには全く伝わらなかった。


「大金を出しただけの事はある。さすがはミナミガワの作品だ」


 簡素な椅子に座り良質な椅子を眺めるフルカワは飛び上がるほどに驚いた。叩きつけられたかのような勢いと音でドアが突如、開いた。


「許可証を出せ」


 巨大な男が悠然と入ってきて命令のように言った。フルカワは驚きすぎて声も出せなかった。


「フルカワ隊長、この方が」


 後から入ってきたのは部下のハシモトだ。なぜハシモトはこの巨躯の男を力づくでも止めないのだ?そしてなぜ「この方」などという言い方をするのだ?未だ驚きから覚めないフルカワには分からなかった。


「オイ!何を呆けている、とっとと出せ」


「はっ!?貴様一体何の権限があってーーー」


「オイ!」


 巨躯の男の声の先は自分ではなかった。全く知らない顔だった。普通の体格の商人の男に見えた。普段この部屋には誰も入らないよう、部下に命じている。それなのに一体なぜこんなにも見知らぬ顔が入っていているのか、フルカワの怒りは高まっていく。


「はいぃい!貴方様は王族であります。海の向こうの大国から来られた他国の王族であります」


「よし」


 商人の男は訳の分からないことを言い、巨躯の男は満足そうに頷いた。


「王族?他国?そんなことあるはずが…」


「そうなんです隊長、自分も訳が分かりませんでした。海の向こうの国などそんなこと昔、効いたこともあるような気もしますが遥か遥か大昔の話で、おとぎ話みたいなもんだと思いましたが、しかし、」


 ハシモトが弁解を始めた。なぜ兵士共がこの男を力づくで止めなかったのかがこれでわかった。「他国の王族」軽々しく、ましてや手荒になんか扱うわけにはいかない相手だ。


「今の話、本当でーーーー」


 フルカワは圧倒された。


 他国の王族と名乗るその男がこちらに向かって近づいてきたからだ。フルカワは今までこの第一門の隊長として10年以上のキャリアをもち、様々は犯罪者を見てきたが、ここまで凶悪な体格をした人間を今まで一度たりとも見た事が無かった。


「はうあぁ!」


 フルカワは驚愕した。


 男は椅子に座った。


 ミナミガワの椅子に、今まで自分ですら一度も座ったことのない椅子に、この国で3本の指に入るとされるほどの名工の椅子に、この第一門の長としての立場を利用して巻き上げてきた賄賂を貯めてようやく手に入れた椅子、フルカワの宝にこの男は無遠慮に、


 貴様!誰が座っていいと言った!!!


 ほとんど無意識に口が動く矢先の事だった。


 フルカワは飛び上がった。


「問答などするつもりは無い!さっさと出せ!!」


 巨体の男は右の拳を机に叩きつけた。


 横暴だった。


 一方的だった。


 こちらの事など一切構わず自分の要求を叫んだ。



 王族だ。


 フルカワはそう思った。


 この態度、生まれながらに権力を持った人間のものだ。当然であるかのように他者を見下すその視線は権力者そのものだった。



「ぁああぁ………」


 そしてミナミガワの机、私の宝が、壊れてはいない、さすが名工ミナミガワだ、とんでもない衝撃を受けながらも耐え、形を保っていた。


「馬鹿者が!何をしている!」


 また叩かれる、私の机が、嫌だ、それだけはーーーーーー


「只今、ご用意いたしますぅう!」


 フルカワは叫んだ。


 男の右手は机に触れる直前で止まった。


 フルカワは大急ぎで特別製の許可証を出し、サインした。本来であればこんなことをするわけにはいかない。発覚したら上役から大目玉をくらうだろう。だがそれでもよかった。


 宝を守りたいというのもあった。この男にとっとと立ち去ってもらいたいというのもあった。しかし思っていた。こいつは本物に違いない、本物の王族だ。フルカワの心は認めてしまっていた。


 ひったくるようにうけとったそれを持って男は立ち去っていった。


 だれもいなくなってしまった部屋でフルカワは両膝をついていた。


「一体なんだったんだ、あれは………」



 真っ白になってしまったフルカワはその日一日、ずっと真っ白のままだった。



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