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1話

 



「ハッ、ハッ、ハッ………」


 苦しい。巨人に思いっきり体を握られているみたいだ。


「ハッ、ハッ………」


 足がもつれる。自分の意志で動かしているという感じがしない。それなのになんでちゃんと走れるんだろう。苦しい。できるならもう足を止めて地面に大きく寝っ転がって休んでしまいたい。


「オイ!」


 背後から荒っぽい大人の怒声。絶対に休んじゃ駄目だ。その声に驚いた僕の心臓がギュッと大きく縮んだ感じがして、頭が締め付けられるように痛んだ。


 もう走れない。いや、駄目だ。走らないと。止まちゃ駄目だ。考えないと。どうにかしないと。考えろ、考えろ、考えろ、僕。


「オイオイオーーーイ!」


 また怒声。


「もう諦めようぜガキ君よー!」


「そうそう大人のいう事は聞くもんだぜーどうせ逃げられっこねーんだからよー!」


 思わず振り返ってみると、三人の男達との距離はさっきよりも近くなっていた。駄目だ。もっと早く走らないと。そうじゃないと追いつかれてしまう。早く、もっと早く。


 あっ、


 僕の右足が何かに引っ掛かった。時間がゆっくりになった気がした。


「ザダッ」っという音と同時に地面の硬い衝撃と全力疾走の分の摩擦が顔に、そしてほんのすぐ後で体に襲い掛かってきた。地面に投げつけられた人形を思い出していた。


 視界がぐちゃぐちゃで僕は今自分がどんな体勢なのかもわからない。顔の右側がとにかく熱くて目を開こうとしても痙攣するばかりでまぶたが上に上がってくれない。


 立たなきゃ。


 バラバラになって飛んでいってしまったみたいな手と足は動いてくれない。口の中では石なのかそれとも歯なのかわからないものがゴロゴロしていて、血がどんどん溢れてくる。息が出来ない。


 気にするな。捕まる。立たなきゃ。動け。立て。



「ヒャッフォー!」


「おわっは!盛大にこけたなガキ君、大丈夫か死んだんじゃねえのか?」


 下にしか動かない視界の中にいくつもの靴が見えた。ついに僕は追いつかれてしまった。


「うっ」


 一人の男が僕の右手を掴んで強引に背中へ捻じった。


「よしっ、捕まえたぞガキ」


「ったく面倒くせえやつだぜ逃げんなよいちいちよー」


 腕を捻じったまま無理やりに体を起こされた。


「オイ、ガキ。妹はどこだ?」


 髪の毛を掴み顔を上げさせられた。そこには上半身裸で髭面の男が眉間にしわを寄せていた。こんなやつらに絶対教えてはいけない。僕は歯を思い切り噛んだ。


「言わねえ気だぜ、このガキ君はよー」


 両手に入れ墨の入った男が残虐な笑い顔をした。


「少し痛めつけてやればすぐ吐くさ」


 口元に布を巻きつけた背の低い男が言った。


「指を順番に折ってやれ。さあ何本耐えれるか見ものだぜ」


「おし、俺がやる」


「いいねいいねーそんじゃー賭けようぜ。さあガキ君、何本耐えれるかな」


 男達笑っていた。そして何本だのいくら賭けるだのの話をし始めた。僕は何とか逃げ出そうとして見たが捻じり上げた右腕はしっかりと固められていてとてもお逃げられそうにはなかった。


 話がまとまると口元に布を巻いた男が地面にナイフで何やら書き込んでその上にお金を置いた。そして入れ墨の男が僕の所に寄って来ると、肩が外れるんじゃないかと思うほど乱暴に僕の左手を引っ張った。


「うっ」


「ガキ、痛てーか、おん?だがなーおめーがとっとと喋っとけば痛い思いすることも無かったんだぜ、ぜーーんぶおめーが悪りいんだぜ。行くぜ、オラ!」


 入れ墨の男が握りしめた僕の拳から引っ張り出した小指を握った。僕は目を強く瞑って痛みに耐えようとしたその瞬間だった。


 道の脇にある森の方、すぐ近くから「ガサガサガサッ」という生き物が茂みを勢い任せに突っ切るような音がした。これはチャンス?もしこの生き物が男達にぶつかれば。そうなれば僕の体を離すに違いない。そうなればーーーーーー



「ギャーーーーーーーーー!!!」


 人間ではない、何らかの生物。いままでに一度も聞いたことのない音だった。この国のすべての人に聞こえたに違いない、そう思えるほどの大きさだった。


 その鳴き声は僕の体を物理的に震わせ強い恐怖を感じさせた。そして僕は思わず目を開けた。





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