ただのスライムは空を駆ける
充実した夏休みをすごしたい
☆
「ほら、ゼラ早く! 遅れちゃうよ」
「ま、待って。アリシ、ェ」
まだアリシエと満足に呼べないことをくやしく思いながら、ぼくは前を行く彼女を必死に追いかけていた。
今日は、ぼくの初めての登校日である。
人が学校に通うにはどうやら手続きが必要らしく、それの申請に時間がかかってしまった。夏休みは一週間前に終わっていたが、これでも早くに認可されたらしい。昨日はわくわくして上手く眠れず、寝坊した結果がいまの惨状である。
「もうみんな行っちゃってるかなあ……」
急いで前を走るアリシエが心配そうに言った。
「もう! 『遠足』に遅れちゃったら、ゼラのせいだからねっ」
頬をふくらませて怒る彼女に、ぼくは謝らなければと思ったけれど、つい笑ってしまった。怒った姿もかわいいものだから。彼女は終始むっつりとしていたが、それもそのはず。
学校についたのは、定刻より二十分もあとのことだった。
――魔法学院ウェルデハイス。
その名の通り、魔法使い――ひいては魔女を育成する学院である。
院には初等部から高等部までがあり、大半の人間は幼なじみのような関係になる。
アリシエの学年は初等部3年。ぼくも彼女と同じ学年に配属されることになった。
「あーっ、やっぱりもう皆出発してるみたい」
からっぽになった3年の教室を見て、アリシエが大きなためいきをついた。
「ご、めん。アリ……シ、ェ」
「……しかたないよ、ゼラ。わたしだって朝食を食べるのがおそかったし、おたがいさまだわ」
アリシエはそう言うが、強がっているのがすぐに分かる。
彼女もぼくと同じくらい、今日の遠足を楽しみにしていたのだから。
――遠足の目的地は、ぼくが生まれた森を抜けた場所にある都市だ。
そこには『大魔法使い』とよばれる人がいて、生徒たちが彼に、各々の作った魔術的な『自由研究』を発表するのだとか。大魔法使いに認められた人間は、夢に近づく大きな一歩を掴むことができる。
なのに、ぼくは……。
「――おこまりかな? おじょーちゃん」
そうして無力感にさいなまれていた直後、
背後からいたずらっ気の多い声がした。
「カレン!?」
どうやらアリシエのお友だちらしい彼女は、「にしし」と笑いながら小さなほうきを構えている。魔女の服装だ、と思った。
――いつかのエリと、同じ服装をしていたから。
「みんなあっちで待ってるよ。ほら、早く魔導服にきがえな」
「……うん!」
どうやら、アリシエの到着を待っていてくれたらしい。彼女にいい友だちがいたことを喜ぶかたわら、自分の無力感がみずぼらしい。
「それで、きみは? もしかしてアリシエのぼーいふれんど?」
――ぼーいふれんど……?
はて、それはどういう意味だっただろうか。
あまり聞いたことがなかい。
そういえば、この前の冒険者たちが言っていたような気がしなくもない。
でも、『フレンド』といっているからきっと「仲のいい」みたいな意味なんだろう。
うん、きっとそうだ。
「――そう、だよ。ぼくはアリシ、の。ぼーいふれん、どだ」
……やっぱりまだ、長い単語を発音するのはむずかしいな。
会話をするのも精一杯だ。これじゃあ普通の人のように話せるようになるのに、どれだけの時間がかかるだろうか。今から頭が痛い。
「ほえー……やっぱりそうなんだー……!」
カレンは恍惚とした声をもらしながら、
なにやら顔を赤らめてよろこんでいる。
なぜかな???
「おまたせっ」
更衣室からもどってきたアリシエは、紫色の魔女のローブを着て、カレンと同じほうきを持っていた。
ぼくは彼女が――いや、彼女たち魔女が空を飛ぶのをいくども見てきた。
彼女たちの愛らしく、そして可憐に空を飛ぶ姿を。
「アリシエたちは先に行きな。あたしはきょういんしつに、アンタたちが登校してきたことをホーコクしてくるから!」
「でも、それじゃあカレンがおくれちゃう……」
「ちっちっちっ。あたしのしゅんそくをなめてもらっちゃ、こまるぜ。
ここから都市まで――バーティカルくらいまでなら、だれよりも早い」
「……うん! そうだったね」
カレンは満点の笑みで、親指を立てながら校舎のなかを走っていった。
「カレンはね、ほうきのそうじゅうスピードがだれよりも早いの」
アリシエは窓辺に近づいて、ほうきにまだがりながら言った。
「いつか追いつくけどね」
その瞳には自信と、好奇心。
どこまで張り合えるのかという期待。
そういうものが見て取れた。
……いいなあ。
友だちであり、よきライバルであること。
それはぼくらモンスターのなかにはない、
人間だけが獲得した「友情」という感情の極地だ。
いつかぼくも、そんな友だちに出会えるといいな。
「……? どうしたの?」
ぼーっとしていたぼくに、アリシエが手を差し出していた。
「――行こう」
開けた窓から風が吹いた。
目の前には緑豊かな森と野山。
その頭上には青い空と入道雲が、どこまで大きく広がっている。
「――飛べ」
その、たった一言のあと。
ぼくは彼女のまたがるほうきの後ろに乗っかって、空を――飛んだ。
その日。今までただのスライムでしかなかったぼくは、初めて空を駆けた。
残り二人はこんど出てきます。
愛すべき同士の皆様すみません……。
カレンは――少しだけませた、姉御肌の魔法使いです。
仲間思いが強く、友だちは何よりも大切に思っています。
特技はほうきを使って飛ぶスピードが誰よりも早いこと。
恋愛にたいする期待は人一倍大きく、
将来はおうじさまのような人と結婚したいと思っています。




