海面
母親に助けられてから暫く経ち、彼女は海面すれすれを飛んでいた。
なぜ飛べるのだろうか。
僕はどれだけ翼を動かしても飛べなかったが、母親は翼を殆ど動かさずに難なく飛んでいる。どうやって浮力を得ているのだろう。
母に胴をがっちりと掴まれた僕は、海面に向けて足を伸ばした。すると海面の波に当たって弾き返される。白波が立つ感覚が面白く、何度も波に足を当てた。
既にかなり長時間飛んでいるが、高度が下がってから見えなくなってしまった陸地は、未だに見えてこない。
海面を眺めていると、突然、足下の水面が暗くなった。
母親が大きく羽ばたいて、弾かれるように上昇する。
その直後、海面から黒い巨大な魚が、大きな口を開いて飛び出してきた。水しぶきの中に見えた口の中には、大量の牙が生えている。
巨大な口は、僕の足の先端すれすれで音を立てて閉じた。口のまわりには、ぎょろりと僕を見ている四つの目玉があった。
母親さえも丸呑みにできそうな巨体が海に沈んでいき、再び大きな水しぶきが上がる。
その様に、僕は恐怖を覚えた。
母親は、僕の怯えを感じ取ってくれたのか、怪魚から逃れるためか、少しだけ上昇した。
そのまま暫く飛び続けて、辺りが真っ暗になった頃に漸く陸地が見えてくきた。
あの後にも、海中から何度か襲撃を受けたが、母親は事前にそれが分かっていたかのように全て回避していた。
何か僕には見えないものが、見えているのかも知れない。
徐々に近付いてきた陸地は緑に覆われていて、所々に木々よりも大きな黒い岩が見えた。
観察していると、点在する大きな岩が、蠢いていることに気付いた。ゆっくりと、形を変えながら移動している。
巨大な生き物なのかもしれない。
動く岩を観察していると、いよいよ陸地にたどり着いた。
母親は、海岸の砂浜に僕をそっと下ろして、彼女自身も着地した。