母親
僕を囲んでいた生き物は、横たえた身体を、解くようにゆっくりと起き上がった。
「キョエゥ」
突然動き始めたその生き物に驚き、思わず妙な声を出してしまう。甲高い自分の声に、自分でも驚いた。
僕は、初めてその生き物の全身を見た。
その生き物もまた、僕と同じ竜だった。
その竜は、僕をそのまま大きくしたかのような見た目で、しかし、荘厳な雰囲気を持っている。
竜が立ち上がったことで、今まで見えていなかった周囲の風景が見えてきた。
大地は、丈の短い柔らかな草花に覆われており、吹き荒ぶ風に揺れてどこまでも広がっている。空には雲ひとつない青が広がり、地面と空の境界線が、三百六十度、真っ直ぐに延びていた。
遮るものが何もない風景は、何処か心地よさを感じさせる。
『■■■■■■■■』
景色を眺め、風に吹かれていると、唐突に何かの声が聞こえた。耳に聴こえた声ではない。心の中に直接聴こえるような声だ。その呼び掛けからは、何らかの言語と共に、慈しむような感情が伝わってきた。
目の前の竜以外に、周囲に生き物は見えない。おそらく、この竜が呼び掛けたのだろう。
その竜は覗き込むように僕に顔を近付けて、黄金色の瞳で観察するように僕を見た。温かい息がかかる。僕は、その凛々しい顔を見つめ返した。
暫く、僕たちは互いに見つめ会っていた。
その後、竜はさらに顔を近付けて、徐に僕の身体を舐め始める。多少、生臭いような匂いがしないでもなかったが、舐められることは、案外心地よかった。
同時に、その竜が僕の母親であることをなんとなく悟った。
『■■■■■■■■■■■■』
身体中がぬるぬるになるまで一頻り舐めると、母親は舐めることを止め、理解できない言語で、僕に再び何かを呼びかけた。
そして、大型の生物の死体の一部と思しき物をいつの間にか口にくわえていた。