捌 休息
デパートの上の遊園地、まだあるんだなと思いながらまず観覧車に乗せられた(というより観覧車くらいしかない。)。
「先輩、なんでここに来たんですか?」
こんな、観覧車と小さなメリーゴーランドくらいしか無いような場所に高校生が行きたくて仕方なくなることなど無いはずだ。
「うーん、なんていうかね、本当に興味本意なんだよね。私、意外と趣味の対象年齢が低かったりするからさ。見るアニメも深夜アニメじゃなくて、7時とかにやるアニメをよく見るし。」
なんと。
副会長の意外な面を見た気がする。
しかし、本当に興味本意でここに来たのなら連れてきた私の身にもなって欲しい。ここにいる沢山の親子にジロジロと見られて、観覧車に乗るまでかなり酷だった。
所詮はデパートの上だからそこまで大きな観覧車ではなく、もう、一周してしまった。
また、色々な人からジロジロ見られながらデパートに戻る。
「先輩、本当に教えてくれるんですよね。私がとっても欲しがるヒントっていうの。」
「ああ、そうね。うーんとね、益田さんと唐津部さん、違う小学校よ。」
え。
なんで、それを?
二人が違う小学校にいることでは無い。
私がそれを聞きたがっていたことを知っていることに驚いているのだ。
「なんで、それを?」
思った通りに口が動いた。
「まあ、副会長となれば全校生徒の出身学校くらい把握するわよ。」
違う。
それを聞いてるんじゃない。そして、多分副会長は敢えてこう答えた、気がする。わざとズレた答えを言った。
「先輩、真面目に答えて下さい。」
副会長は不敵に笑って、こう言った。
「木内さんは、わかりやすいからね。大介よりも遥かに扱い易い。」
扱い易い?
「扱い易いってどういうこと···ですか?」
副会長は答えようとはしなかった。
「答えて下さい。そもそも、なんで、私が唐津部先輩の過去を調べることになっているんですか?耐性ってなんですか。」
「···そうね。木内さんは中々、知りたがりなのね。でも、焦っちゃだめ。急いては事を仕損じる。まあ、ヒントとしては、」
副会長は私の顔の間近で
「皆が皆、潔白じゃないのよ。」
綺麗なのは貴方だけ。
*
副会長と別れた後、色々とモヤモヤしたまま私はやっぱり唐津部先輩の過去を調べる準備をした。
益田さんと唐津部先輩の小学校が違うなら、年代は確定しやすい。
まず、益田さんが唐津部先輩の妹の話を校長以外から聞いた事を仮定する。(いちいち、話の出処を聞いていては怪しまれてしまう。それなら時間をかけて無難に行きたい。)
そうだとして、小学校が違うというわけだから、噂を聞くのは中学校。(他の小学校で噂話は飛び交わないはず。)
中学校に、益田さんが通学している間で、さらに唐津部先輩が通学している間は二年間。
これなら、少しやりやすいはずだ。
ただ、新聞は毎日発行されているから、うーんと、700部。
まだキツイか。
まあ、いい。暇を見つけて、図書館の新聞を漁ろう。
と思ったが、少し、わだかまりがあった。
『皆が皆、潔白じゃないのよ。』
皆、というのはどこまでなんだ?地球人全てなのか、もしくは、文学部の先輩たち?
だとすれば、いや、考えすぎかもしれない。でも、もしそうなら、副会長と中多先輩が話していた内容はその『潔白』ではない『汚点』の方?
どんな汚点?
それこそ『人殺し』かもしれない。ただ、話していた内容は私についてだった。
···。
寒気がした。
どうしよう。何か恐ろしいものの片鱗を感じた。
『何かが壊れても私は知らない。』
駄目。怖がったら、そこでお終い。たかが高校生。そんな大それたことなんかできない。『人殺し』だって、ただの悪口に過ぎないんだ。副会長もからかっているだけ。
そんな筈は無い。
不都合から目を背けてはならない。
たとえどれ程悍ましいことが分かっても、想定されても、疑ってしまってはならない。
逃げてはいけない。
前を向け。
*
唐津部さんの過去。
それは、交通事故。彼女は小学生の頃、事故で妹を亡くしている。しかし、事故の起こり方がいけなかった。
何ら不思議は無い。ただ、二人は公園で何かしらの遊びをしていた。それで、ボールが道路に転がっていった。それを妹に取らせに行かせたところ、轢かれた。
妹は左右の確認をしていたらしいし、走ってきたバンの運転手が飲酒運転していたわけだから、運転手側が百悪い。
だけど、そんな事実は彼女の心を癒やす筈が無い。自分で取りに行けば妹は死なずに済んだわけだからだ。
もちろん、自分で取りに行けば事故が起こらなかったと言い切れるわけではないが、彼女はその頃小学生。そこまで脳が回らなかったのは明白だ。ただ、妹が死ななかったという想定ができて終わりだ。
ここからは私の推測だけど、彼女は自ら妹を殺したと思い込み、それが離れなかった。だから、その思い込みはやがて彼女の中で現実となり、そして自分を人殺しと定義している。
そんな人殺しとして生きる現実から目を背けるべく、ラノベにのめり込んだ。
ふふふ、可哀想。
あの子はここに辿りつけるかしら。
桜川は自室で一人、笑みをこぼしていた。