肆 噂話。
唐津部先輩の過去。
ラノベに固執する理由。
唐津部先輩は、妙に明るい。
何故?
過去。
どれくらい?
目線は原稿用紙に向いているが頭は全く違うことを考えている。
今日も中多先輩と唐津部先輩は喧嘩をしている。
少し耳を傾ける。
「そんな食わず嫌いをしてたら真の文学者にはなれないよ!」と唐津部先輩。
「違うね、食っても価値がないから食わないんだ!」これは中多先輩。
どうやらラノベの価値についての喧嘩みたいだ。
「そんな固いものばっかだから考えが古いんだよ!そういうのを守株っていうの!」
「なんだと!このひ・・・!」
「うるさい!」
!
部室が静まり返る。
棚島先輩だ。流石に誰でも怒鳴ると怖い。
「お前ら、今日は帰れ。」
「・・・すいません。」
「・・・ごめんなさい。」
先輩二人は謝って。そして本当に帰った。
「ごめんね、推敲してるとき驚かせちゃって。」
「い、いえ。大丈夫です。」
それより、
『なんだと!このひ・・・。』
ひ、ってなんだ?
ひの付く人を傷つける言葉。
ひ、ひ、ヒモ?
ヒモは女性にくっつく男の人のことだよね?なら、違うか。
ひ、ひ、ひ。
ひ、と、ご、ろ、し。
人殺し。・・・まさかね。
そんなはずはない。人を殺めたことのある人間があんなに笑えるものだろうか。
もしそうなら、私は唐津部先輩が怖い。
ただ、確証はある。
あの文脈で、一番合う言葉はやはり、人殺し。
卑猥、卑劣、非常識・・・。どんな言葉もこの『人殺し』よりあの文脈に合うものはない。
人殺し。
人殺し。
人殺し。
*
翌日、私はずっとこの事を考えていた。
未成年者が殺人。それが世に出回らない筈がない。ましてやそんな人間が高校にまともに通える筈もない。しかも、あんなに陽気でいられるのは何故?
なら、人殺しというのは早計?
なら、あの『ひ』はなんだ?
人を殺してはない。けれど、人殺しと呼ばれる。
誤解。
唐津部先輩の出身中学校は栗橋中学校。尾堀高校にくる人は多い。
栗橋中学校といえば、益田さんがそうだった気がする。
私は隣に座る益田さんに話しかけた。
「ねえ、益田さん。」
「ん?なに。」
「栗橋中に唐津部って人いた?」
いや、居たに決まってるんだけど、話の掴みというか、取っ掛かりというか、そういうためにこんなことを聞いたのだ。
「居たよ。あの、文学部の先輩だよね。」
「あ、うん。」
「それがどうしたの?」
「なんか、悪い噂とかあった?」
益田さんは少し黙りこんだ。やや、考えてからこう言った。
「悪い、というか、悲しい噂はあった。」
「それって、どんなの?」
「あまり声を出して言いたくないから次の休み時間に、階段で話すね。」
そんなことを言われたせいで、この数学の時間は全く集中できなかった。
「あのね、唐津部先輩は昔、妹を亡くしたんだって。」
「原因は?」
「うーんと、事故だったらしいよ。」
事故?殺しではなく?
「ありがとう。あ、私がこのこと聞いたこと誰にも内緒ね。」
「あ、うん。いいけど、なんでこんなこと聞くの?」
「え。」
言われてみれば当然の疑問だ。
「ねえ、やっぱり退部したら?」
「だ、大丈夫だって。ほ、ほら、もうすぐ授業始まるよ。」
なんとかうやむやにしてその場を去った。
*
「あら、木内さん。」
副会長だ。
「な、なんですか。」
「どう?進んでる?」
「・・・。」
進んでるかは微妙だ。なにせ、仮定して終わっているだけだ。
「まあ、焦らないことね。開かない箱を無理矢理開けて、答えが見えても箱が壊れてたら駄目でしょ?」
「はあ。」
「そういうことよ。ま、頑張ってね。」
「は、はい。」
副会長は何かを知っている?
「せ、先輩!」
副会長は振り返って、何?と聞いた。
「あ、あの、先輩は唐津部先輩の過去を知っているんですか?」
副会長は少し悩んでそのあと少しフフッと笑ってこう言った。
「木内さんは推理小説を後ろから読む人?」
「い、いや、違います。」
「そういうことよ。」
副会長は今度こそ去っていった。
ネタバレは無し。つまり副会長は知っている。
・・・。
妹を亡くした。
事故。
人殺し。
どちらも死にまつわる言葉だけれど、意味はむしろ逆。
誤解から生まれた言葉だろうか。
いつの間にか『ひ』の答えを『人殺し』としているけれど、辻褄は合っている。
本人から聞ければ一番だけど。
部室に入ると唐津部先輩がやってきた。
「ねぇ、ねぇ。これ、面白いよ!」
やっぱりラノベを勧めてきた。
「いや・・・」
断ろうと思ったが、これは何かチャンスかもしれない。
「あ、じゃあ読んでみます。」
「・・・え!?」
部室の中に唐津部先輩の声が響く。
そういえばここに中多先輩はいない。偶然席を外しているのだろうか。
「本当に!?」
「まあ、はい。食わず嫌いはよくないですし。」
過去を知る手がかりなど、言えるわけがない。
「さすが木内ちゃん。わかってるねー。」
というわけで私は人生で始めてラノベのページを捲ったのだ。
少し読んだところで中多先輩が帰ってきた。私の手元を少しみて呆れたようにいった。
「成る程、やけにあのラノベ豚が上機嫌な訳だ。」
訳は知っているらしい。
「なあ、木内君。食わず嫌いとかじゃなくてさ、もっと自分のためになるのを読もうよ。」
確かにその通りだ。私は決してラノベにはまったわけではない。天秤は中多先輩側に傾いている。
そのあと、中多先輩と唐津部先輩の言い争いが始まったのは言うまでもない。
とにかく私は本に視線を落とす。
人生初ラノベがBLとは中々癖がある。
胸焼けに似た感情を耐えながらページを捲る。
全く理解不能な世界に踏み入りながら私はなんとか手がかりを探す。
そもそもこんなものに手がかりなんて求めたのが悪かったかもしれない。こんな、作者が理想を押し付けるだけのものに。
しかし、私はその本を読んでいる間に意外とこの本が面白いことに気づく。悪くないかもしれない。私は唐津部先輩にもう一冊借りようと思った。
そんなことは、ない。
一番最後の文、あれはとある小説のパロディです。流石にそっくりそのまま使う訳にはいかないので、少し変えましたけれど。
そろそろ唐津部の過去が明らかになって行きます。