参 禁忌。
翌日。
今日も一番に部活に来た。相変わらず益田さんは退部を勧めてくる。
見たことが無いくせに勝手なことを言わないでほしい。
ともあれ私は執筆を始めた。今日中には書き終わるだろう。
最後の部分が書き終わり、時計を見るとあまり時間は経ってなかった。
そのとき、扉が開いた。
「あ、木内さん。どう?部活。大介と上手くいってる?」
副会長だ。
「え、ああ、はい。」
私はここであることに気づく。
「あ!昨日、階段で中多先輩と話してたのって先輩ですか?」
「あら、聞かれてたのね。」
「何話してたんですか?」
副会長は私の問いに微笑で返した。
「え、なんか変なこと聞きました?」
こう返ってきた。
「知りたい?」
「え、会話の内容ですか?」
「本当に知りたい?」
「・・・、なんか怖いのでやめときます。」
副会長は相変わらず微笑だが、その瞳は笑ってなかった。
「あ、桜川。何しに来たんだよ。生徒会副会長様がよ。」
棚島先輩だ。
「あら、これはこれは、部長さん。どうも、お邪魔しております。」
「質問に答えろよ。なんでここに来た?」
「木内さんとお話しするため。」
私を巻き込まないでよ。
「・・・。」
棚島先輩は私を一瞥していつもの席に座った。
「ちょっといい?」
私は副会長に手を引かれて部室を出た。
「な、なんですか。」
「いや、あのね、私と棚島は犬猿の仲だから、その辺、よろしくね。」
「はあ。」
何をよろしくすればいいのだろうか。
「それと、何か困ったことがあれば言ってね。生徒の悩みは我ら生徒会か責任を持って解決をいたしますので、では。」
ご丁寧に一礼して去っていった。
そして私は部室に戻り辛くなってしまった。
私はなんとか部室に戻り、推敲をしていた。
「ねえ、木内君。最近、文語調の作家が現れたんだよ。この、本なんだけど。」
中多先輩だ。また、本を薦めてもらった。今回は現代の作家さんが書いたものらしいが。
「へえ、文語調ですか。」
「そうそう。今時珍しいよね。ラノベとかに出てくるなんちゃって文語じゃなくて、しっかり近代の文語で書かれてる。」
あ、これは。
「おい、中多。それは聞き捨てならないな。」
やっぱり唐津部先輩が食いかかった。私は二人の喧嘩から逃げるように推敲に戻った。
しかし、推敲に集中できなかった。理由はその喧嘩が凄まじいこともあるのだが、ふと、副会長のことを思い出したとき、部室でのあの瞳が忘れられなくなり、推敲に集中できなかったのである。
二人の喧嘩の声などどんどん遠くなり、あの瞳に吸い込まれていく。
知りたい?
知りたい。
人生で始めて知識欲を体感した。知りたい。けれど、知ってはならないような、禁忌、パンドラ。
ただのからかいとかそういう類いかもしれない。
「・・・うちくん。・・・きのうちくん。・・・」
「木内君!」
「はっ、はい!」
「もう、どうしたんだよ。何度呼び掛けても返事しないし。」
「あ、すいません。」
「棚島先輩が、ペンネームを考えておけってさ。」
「ペンネーム、ですか?」
どうやら短編紹介ではあまり関係はないが、文化祭のときの出品で、実名はかなり恥ずかしいからペンネームを考える伝統があるらしい。
「ペンネーム。・・・先輩はどんなペンネームですか?」
「え、僕?僕はね、『葡萄』っていうペンネームなんだ。」
「ぶどう?なんでですか?」
「なんとなくだよ。」
先輩は葡萄が好きなのかな。
「あと、ペンネームは植物の名前が良いらしいよ。星山先輩はマリーゴールドからマリーって取ってるけど。」
「わかりました。」
ペンネームか。植物。うーん、何が良いかな。
*
下校の時間になった。
通りすがりに副会長に会った。
「あ、先輩。やっぱり、昨日の話を教えてくれませんか。」
「え、いいの?聞いちゃう?」
結局、私は聞くことにした。大した話じゃないだろうと思ったのだ。
「でもね、教えたいけど、まずはその耐性をつけることね。」
「耐性?」
「そう。まずは、唐津部さんの過去を知ろう。」
「唐津部先輩の過去?」
「そう。それが耐性をつける第一歩。なぜ、あれほどまでラノベに固執するのか。気にならない?」
「気になりますけど、唐津部先輩と中多先輩は犬猿の仲じゃないですか。」
「そこはどうでもいい。とにかく唐津部さんのことを知ることね。勿論、一人で、誰にも気付かれずに知らなければならないけど。」
◆ ◆ ◆
パンドラの蓋は数ミリだけ動いた気がする。