弐 軽文。
結局、文学部の新人は私だけだった。
文学部の活動は単純だから、正直なことを言うと暇だ。
短編のアイデアのために校外を中多先輩と歩いたり、中多先輩に進められた秋目小説を読まされたりと。
文学部というかただの自由な集まりみたいなことになっている。とはいえ、しっかりと短編や夏の長編に向け、アイデア集めと、執筆をしている。
ある日。
私は早めに部室に来るようにしていた。理由は無い。ただ、早いに越したことはないと思う。だから授業が終わればすぐに定位置に行く。部員が少ないから一人に一つの机と本棚がある。
私は窓際の席で昨日の続きを書いていた。いよいよクライマックスだ。(というほど起承転結の転がすごいわけではない。)
そのとき、扉が開いた。先輩かと思い顔を上げると知らない人だった。
「あ、いたいた。あなたが木内さんね。」
凛としていていかにも美人っていう感じのその女子生徒は案の定上級生で、更に腕章があった。生徒会副会長だ。
残念ながら私はそういう学校の組織は興味がないので集会とかも聞き流している。
「わ、私に用ですか?」
「そう。あのさ、何でここに入ったの?」
「え?」
入部して、二週間。五月に入っていたが、まさか何か悪いことをしてしまったのか。
「い、いや、あの、ほ、本が好きで、入り、ました。」
「ふーん。成る程ね。」
副会長は腕組みをして少し考えてまた言った。
「ここの先輩とは上手くいってる?」
え、そんなのなんて返せばいいのよ。
「上手くっていうか、中多先輩とはよく、話します。棚島先輩もよく喋りますけど、他の先輩は業務連絡くらいです。あと、唐津部先輩にはよくラノベを薦められます」
そういうと副会長が笑った。
「あはははは。」
「な、なんですか。私、なんか変なこと言いました?」
「言ってないことが面白いのよ。ふふっ。大介がねぇ。まあ、いいわ。ここの先輩といつまでも仲良くなれることを祈ってるわ。それじゃあね。」
そう言って出ていった。
私は何がなんだかわからなくなり、しばらくポカーとしていた。
「おーい、木内君。今日は利根川律の本を紹介してよ。」
「えっ、あっ、はい。えーっと、なんですか?」
中多先輩が私の目の前を手で翳す。ようやく意識が戻ってきた。先輩は呆れた顔で言う。
「だから、ほら、昨日、利根川律の本を紹介してくれるって言ったじゃないか。」
「あ、ああ。はい。利根川律ですね。」
中多先輩は利根川律の本は王道の暗智大五郎とかしか読んでないらしい。
「秋目桜のような話ならこれとかどうですか。」
副会長、桜川菜子のことなど忘れていた。
とある色の名前が出てこなかったので、図書室に行くことにした。色彩の本くらい置いといてもいいと思うのだが、美術部も使うので、ということらしい。
棚島先輩に了承を得て、図書室に向かう。
階段を下りているとき、何やら話し声が聞こえた。
「・・・なの?」
聞き覚えがある声。うーん、誰だっけ。
「先輩には関係無いじゃないですか。それともまさか、興味が出てきたんですか?」
もう片方は中多先輩だ。
「まあね。大介の方は秋目なんとかのファンってことで贔屓にしてるんだろうけど。」
「贔屓というか、気の合う後輩だよ。」
私のことかな。なんだか恥ずかしくなってきたのでさっさと階段を下りた。
「それにしても、なんで大介がラノベ豚って呼ぶ唐津部って子はバイバイしないの?」
「いや、まあ、広く見ればラノベも文学だからね。それに比べれば運動部の猿よりかはマシだよ。」
「でも、サッカー部の四分の一が不自然な転校は流石にばれるでしょ。」
「大丈夫。そうならないように半年かけてバイバイしたんだから。」
「成る程ね。」
「もう、いいですかね。先輩と階段で話しているところを見られたせいで付き合ってるとかいう噂が出来たんですから。」
「ならいっそ付き合っちゃう?」
桜川は中多をからかった。中多は「止めてくださいよ。」と言って階段を下りた。
中多の背を見て桜川は呟く。
「綺麗な物ほど汚しがいがある。ラーノ・クルーンより。」
部室に戻ると早速唐津部先輩にラノベを薦められた。
「おい、豚ぁ。木内君をお前らみたいなフジョシとかなんとかにしたらただじゃおかないからな。」
中多先輩が言う。
「わかってないなあ中多は。この素晴らしさを。ああ、こんにゃく大王様、その素晴らしきシチュエーションはどこから湧くのでしょうか。」
「あ、あの、私、そういうのに耐性がないので・・・。」
「じゃあ、これとかっ!」
新しい本が出てきた。はあ。止めてほしい。
女の子同士ならまだわかる気がするが、男同士ってどうなの?
「おーい、唐津部、やめとけよー。あんまりやると燃やすぞー。パオーン。」
「あんたはその下らないギャグをやめろ。」
棚島先輩のギャグに星山先輩が反応する。というか、パオーンって・・・なに?
唐津部先輩は渋々、席に戻った。
「ごめんな。唐津部も悪い奴じゃないんだ。」
棚島先輩はまた、課題に取り掛かった。(この部活は執筆が終われば課題やら宿題をやってもいいらしい。)
しかし、なぜ、あれほどまで唐津部先輩はラノベにはまるのか。そんなに面白いのかなぁ。食わず嫌いは止めて読んでみようかな。
「あ、やってるやってる。」
部室に入ってきたのは顧問の桐野美保先生。
「おーい、棚島。課題は家でやれよー。」
「いやあ、先生、そんなカダイこと言わないでさあ。」
鳥肌がたった。
「まったく。あ、木内さん、慣れた?」
「え、あ、はい。なんとか。」
いきなり話しかけないでよ。
「先生、どうしたら木内ちゃんをこっちの世界に目覚めさせれますかね。」
唐津部先輩が先生に言う。
「そうね。でも、アレは合う合わないがあるからね。無理強いは駄目よ。そんなことしたら唐津部さんが嫌いな腐豚ってのとおんなじよ。」
「う、マジか。」
また、唐津部先輩は落ち込んでしまった。
「困ったことあったら言ってね。」
「あ、はい。」
先生は出ていった。
そういえば。
「中多先輩。さっき、階段で誰かと話してたみたいですけど、どっかで聞き覚えのある声だったんですけど、差し支え無ければ教えてくれませんか。」
「えー、聞かれてたかぁ。やだなぁ。さすがに木内君でもねぇ、やだなぁ。」
「なら、大丈夫です。」
「え、ちょっと待ってよ。気にならないの?」
え、そっちが嫌がってたんじゃん。とは口が割けたら痛くて言えない。
「教えてくれるんですか?」
「やっぱり嫌だ。」
なんだそりゃ。