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おやつ

『チャーリーとチョコレート工場』

2005年:アメリカ&イギリス映画

監督:ティム・バートン

原作:チョコレート工場の秘密

著者:ロアルド・ダールの児童小説

 長~い長~~いリムジンの後部席の窓が開いて、

「僕のチョコレート工場に招待しようではないか」

と、ウィリー・ウォンカが声をかけてきた。

 満面の笑顔で快く招待を受けたピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコは、車に乗り込んだ。森の奥深くへと走行していく間に、ピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコの顔から徐々に笑みが消えていった。と言うのも、並んでいる三人と向かい合って座っているウィリー・ウォンカは、どんなに話しかけても色々と質問攻めをしても、それに応じることもなく顔を背けたまま仏頂面していたからだ。ウィリー・ウォンカは人付き合いも子供も苦手だった。

 なのに何故に三人を招待したのか気になっていたら、自慢したかったのさと、ウィリー・ウォンカが窓の外に流れる木々を眺めたままにポツンと呟くように言った。

 森を通り過ぎた広い野っ原にチョコレート工場はあった。工場はこじんまりとしていて、見た目には自慢できるような代物ではなかった。

 小さな扉を開けた瞬間、

ワ~~~~~ォッ!

ピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコが、吃驚仰天の叫び声を上げた。

 そこには工場内部とは思えないおとぎの国のような空間が広がっていた。流れる川はチョコレート。滝はチョコレートと空気を掻き混ぜてふんわりと軽くさせる仕組みになっていた。

「滝でチョコをミックスさせる工場は世界中でここだけ。これが最も重要で、僕の自慢なのさ」

と、ウィリー・ウォンカが口許を開かずに軽く微笑したが、その目許はどこか寂しげで暗かった。

 次から次と仕上がったチョコレートが機械から押し出されてきて、丁寧に包装され段ボールに詰められて全世界へと運搬された。

「自慢するだけのことはあるだろう」

 ウィリー・ウォンカの発言にピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコは、ポカンとした表情で何度も何度も首を縦に振った。

「味見はしても良いのじゃな」

「ここにある物は全て、誰でも遠慮会釈なく口にすることができるさ」

 ウィリー・ウォンカが言うと、ピーター・パーンは杖の先で川のチョコレートを掬った。

ゲッ!

ティンカー・ベールとカーコが、仰け反った。

「遠慮するでないぞ。試食してみよ」

「ピーター・パーンからどうぞ。遠慮せずに」

「いやいや、儂は体が弱いんでな。お主が食べた後にな」

「いえいえ、私はお腹一杯で」

「別腹があるであろう」

「今日はないから、どうぞどうぞ」

 ピーター・パーンとティンカー・ベールの相変らずの漫才のような掛け合いは続いた。そうこうしているうちに、チョコレートを載せたスプーンが差し出された。見ると、白い作業服で全身を覆った従業員らしき三人が手を差し伸べたまま突っ立っていた。

「どうぞ」

と、三人が声を揃えて促した。

「どうも」

と、ピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコは揃って言って、三人からスプーンを受け取ったら指までもがくっついてきた。

ヒェ~~~ッ!

 ピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコが絶叫すると、三人の指がポンと出てきて元に戻った。

「ジョークジョーク、ジョークだよ。工場で働く者は全員がAIでね。ハハハハ」

と、ウィリー・ウォンカは口を開けて笑ったが、その目はやはりどこか寂しげで暗かった。

「それでは、頂くとするかな」

 ピーター・パーンの言葉を合図に、ティンカー・ベールとカーコがスプーンのチョコレートを口にした。

「美味しい!」

「今までに口にしたことのない美味さだわ」

 カーコとティンカー・ベールが、絶賛した。

「ここに住まないか。そうすれば毎日のように」

と、ウィリー・ウォンカが誇らしげな顔付きで言った。

「毎日?」

「ああ、毎日だ」

「毎日同じ物じゃ飽きない?」

 カーコが問うと、ウィリー・ウォンカが答えた。

「毎日作っていても、同じ物にはならない。チョコレートと雖も生き物と同じなんでな」

「だから、飽きるようなチョコレートにはならないし作らない」

と、ティンカー・ベールがまるでウィリー・ウォンカを加勢するかのように付け加えた。

 ピーター・パーンはスプーンのチョコレートを口にして、美味そうにコックンコックンと首を縦に振って言った。

「菓子に意味なんて必要ないんじゃよ。美味ければそれでいいんじゃよ。大事なのは」

 途端に、ウィリー・ウォンカが眉を顰めた。

「ここに住んでも、お父さんとお母さんには会えるのであろうな」

と言って、ピーター・パーンはウィリー・ウォンカの顔に顔にくっつけるように寄せた。

 ウィリー・ウォンカは、プイと顔を背けた。

「世界中を旅している儂は、ある時、一人の歯科医師との出会いがあったんじゃ」

「喧嘩して家を飛び出した息子の帰りを待ってる、あの歯医者さんね」

と、ティンカー・ベールが横から口を挟んだ。

「嘘だ!」

 ウィリー・ウォンカはそう叫ぶと、チョコレート川の傍に歩み寄っていった。

 歯科医師であるウィリー・ウォンカのパパは、歯を大事にする余りに、息子に甘い物を食べさせようとはしなかった。そんなある日の事、ウィリー・ウォンカはチョコレートと出会った。その余りにも美味しさに虜になってしまったウィリー・ウォンカは菓子職人になろうと決意するも猛反対される。

 このままでは菓子職人になれないと思ったウィリー・ウォンカは家を出て行こうとする。

「この家から出て行ったら、二度とこの家の敷居は跨がせないし、二度とこのパパと会うこともあるまい」

と言って、ウィリー・ウォンカの家出を阻止しようとした。

「偶然にでも倅に出会うことでもあったら、伝えて欲しいと頼まれたのじゃ。元気にやっているのなら」

「今更……」

と、ウィリー・ウォンカは天を仰いだ。

「お父さんとお母さんに、会えなくなるのはいや」

と、カーコが悲しそうに言った。

「毎日、美味しいチョコレートが食えるのだぞ」

 ウィリー・ウォンカが、振り向き様に言った。

「そうだけど……。でも……。だって、寂しいもん」

と、カーコは目に一杯の涙を溜めて言い返した。

「……」

 ウィリー・ウォンカは、何も言い返すこともできずに黙然とその涙を見つめていた。

「松尾芭蕉の奥の細道にあるではないか」

 月日は百代の過客にして、行きかう年も又旅人なり。

「歳月は時には残酷にもなるが、時には癒しにもなる。歳月も人もそなたと同じ様に日々を暮しているのであろうぞ」

と、ピーター・パーンは憐れむように言った。

「つまり。……何が言いたいんだ」

 ウィリー・ウォンカが言うと、ピーター・パーンはティンカーベールに言った。

「例の物をな」

「例の物……?」

 ピーター・パーンは、杖で自分の背中を叩いた。

「背中?」

「相変らず、鈍い奴だのう」

「鈍い奴って何よッ!」

と激怒して、ティンカー・ベールは赤い光を放った。

 ピーター・パーンとティンカー・ベールとカーコ、そして、少し遅れてウィリー・ウォンカは樹々の生い茂った森を抜けて街へとやってきた。更に、街の中を行ってその外れで降下した。背中の羽をバタつかせて飛んできた不慣れなウィリー・ウォンカが降下したのは、街の外れにある古い家の前であった。

「ドアをノックするがよいぞ」

と、ピーター・パーンが言った。

「帰るッ」

 憤慨したウィリー・ウォンカは、踵を返して背を向けた。

「カーコ、カーコ」

 突然、振って沸いたようにお母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。

「お母さん……?」

 カーコは、辺りをキョロキョロと見廻した。だが、お母さんの姿はどこにも見当らなかった。

「カーコ、カーコ」

と、またしてもお母さんの呼ぶ声がした。

「お母さん!」

 カーコはドアに駆け寄って、ドンドンと激しく叩いた。

「どなたかな」

と声がして、ドアが開いた。

 ウィリー・ウォンカは、ビクッとして振り返った。

「パ……」

「ウィリーか……」

「パパ……」

「ウィリー。……元気にしてるのか?」

 ウィリー・ウォンカは、項垂れるように首を縦に振った。

「許してくれるか。お前に酷い事を言ってしまった、パパを」

「パパ!」

 ウィリー・ウォンカは駆け出して、歯科医師であるパパに抱きついた。

「カーコ、カーコ」

 呼ばれて目を開けると、お母さんが揺り起こしていた。カーコが飛び起きると、

「おやつ、机に置いとくからね」

 お母さんに言われて机上を見ると、お母さん手作りのクッキーの入ったバスケットとミルクのマグカップが置かれてあった。

「毎日は無理だけど」

「毎日同じでもいいよ」

「たまにはね」

と言って、お母さんは済まなそうに苦笑した。

「お母さん!」

 カーコは駆け出して、部屋から出て行こうとしていたお母さんにしがみついた。

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