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目覚めると

 数日後の夕方。学校から帰ると、いつものようにいつもの同じおやつが、テーブルの上にはなかった。あるべきものがないと案外寂しいものだ。カーコは謝るべきかと思ったが、それをやってしまうと何となく負けたような気がして、カーコは謝ることはできないと思った。

 カーコは、部屋に入るなりランドセルを机に放り投げて、ベッドにダイビングし不貞寝した。


人生楽ありゃ苦もあるさ

涙のあとには虹も出る

歩いてゆくんだしっかりと

自分の道をふみしめて


 山上路夫作詞、木下忠司作曲の「あゝ人生に涙あり」の歌がどこからともなく聞こえてきたのだが、これがとんでもなく音程が外れ、とてもではないが聴くぬ耐えられぬ音痴だった。

 このままこの下手糞な歌を聴いていては教育上宜しくないとばかりに、カーコは両耳を塞いだ。

ツンツン

 頬を突かれた。避けようとして寝返りをうつと、

ツンツン

 再び、頬を突かれた。鬱陶しい蚊だと思って、両手でパチンと挟んだ。矢庭に、

「儂は蚊ではないぞよ!」

 悲痛な叫び声がして眼が覚めた。すると目の前に、真っ白の髪に真っ白の髭をたくわえたお爺さんが立っていた。

 カーコは遺影でしか見たことのないずっと昔に亡くなったお父さんのお父さん、つまりお祖父さんだと勘違いをして、

「お祖父ちゃん?」

と言った。途端に、

「この紋所が眼にはいらぬかッ」

と、お爺さんが叫ぶように言った。

 目前に掲げられた印籠をよくよく眺めると、印籠には紋所ではなくカタカナ文字で名前が書かれてあった。

「お祖父さんは、ピーターパンなの?」

「のようで、バンバン」

「ピーターパンじゃないの?」

「のようでない、バンバン」

「どっちなのッ?」

 カーコは怒ったように訊いた。

「うん?」

 お爺さんは、どっちかなと問い掛けるような表情をした。

「着てる服は、ピーターパンじゃないし」

と、カーコはお爺さんを舐めるように全身を見廻しながら言った。

「どこが違うと言うんじゃ?」

「ハット」

「頭巾。現代風に言えばハットじゃ」

「チュニック」

「半着。膝下ほどの長さの、丈の短い着物なんじゃ」

「タイツ」

「野袴。江戸時代、武士が旅行に着用した袴でな。履くという点では同じじゃ」

「紐ベルト」

「それは、この陣羽織に早替わり。武士の時代にはベルトなんてものはなかったのでな。どうだ?同じであろう」

「言われてみれば、それはそうだけど。それにしても……。私は江戸時代のファッションより、ピーターパンのファッションの方が好き」

「それはそちの好みであろう。儂は、時と場所に合わせて着替える方が好みなんでな。だから、そちに同調する必要はなかろう。そう思わぬか」

 お爺さんにそう言われたが、カーコは返答せずにそれを無視して

「その杖は?ピーターパンはそんな杖なんか持ってないよ」

「この杖はな、ピーターパンとわしの違いを表すためのもんなんじゃ。これを横向きにすると」

 ピータ・パーンとなる。

「カ・カ・カ・カ」

と、お爺さんは変な笑い方をして笑った。

「儂のう、お爺さんでもなければ、ピーター・パンでもない。ピータ・パーンだ。宜しくな」

と言って、お爺さん、いえ、改めて、ピータ・パーンは手を差し出した。カーコがその手を握ろうとしたその時、

「いつまで私を待たせるのよ」

 怒鳴り声がしたと思ったら、突然、目の前に赤い光が出現した。

「お主か。忘れておった」

「忘れておったって、酷いじゃないの」

と、嘆かわしい声がして赤い光が消えた。

 目の前に浮んでいたのは、ブロンドの髪の毛をおだんごにし、緑色のミニワンピースを着用して、パフのついたヒール靴を履いた

「もしかして」

 背中に羽の生えた、妖精のティンカー・ベルだった。

「ううん」

と頭を振って、ピータ・パーンから杖を取り上げ横にして言った。

「私は、ティンカ・ベールよ」

「ピータ・パーンだから、ティンカ・ベール」

 カーコが言うと、

「そうじゃないけど、反対せずに、ここは素直に、そういうことにしておくわ」

「やけに素直じゃのォ。カ・カ・カ・カ」

 またしてもピータ・パーンが変な笑い方で笑った。

「なのに、そのファッションは。どうして、ピータ・パーンに合わせた服にしないの?」

「私はこれが気に入ってるの。だから、替えたくないのよ。ただそれだけ。悪い?」

「悪くないぞよ」

「悪くないです」

 ピータ・パーンとカーコが、口を揃えるようにして答えた。

「好みというものはな、人それぞれなんじゃ。わかったであろう」

 昨夜感じた大人の都合だとか、子供の都合だとかそれと同じ様なものなんだろうと思ったカーコは、ピータ・パーンに反論せずに、

「うん」

と、蚊の鳴くような低い声で答えた。素直にそれを認めると、やっぱり、負けた気になるようで嫌だったのだ。

「名前は?」

「そうじゃ、そうじゃ、聞いておらぬかったの」

 ピータ・パーンとティカ・ベールに問われたカーコは、

「カーコ」

と、ピータ・パーンの杖を横にして言った。

 ピータ・パーンが杖を持っていたのはこういうことだったのかと、カーコは変に納得してしまった。

「それじゃ、皆が揃ったんで、そろそろ、行くとするかな」

と、ピーター・パーンが言った。

「フック船長を退治に行くの?」

と、カーコがワクワクドキドキしながら言った。

「それもまた、人それぞれじゃ。カ・カ・カ・カ」

と、ピータ・パーンは笑いながら杖をクルクルと回した。


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