未熟者と熟練者
フローズは、小さく伸びをしてからキッチンに向かう。まだ、日は昇ってはいないが空は薄く明るい。
窓を開けて、朝の冷たく新鮮な空気を入れる。
「さて、少しでも料理しようかな。」
そう呟き、袖を捲るとエプロンを着て手を洗う。
まな板を置き、包丁を出して地下の食材庫に向かおうとするフローズ。そこで、アンドロマリウスとマルコシアスが起きてくる。アンドロマリウスは、掃除のために別れてマルコシアスは着いてくる。
「マルコシアス、持てる?」
「それ、お前が言う台詞かよ………」
ちなみに、マルコシアスは木箱2つでフローズは4つ抱えている。フローズは、前は見えていない。
「大丈夫、慣れてるから。」
フローズ達は、木箱を邪魔にならない場所に置いてからキッチンに向かう。アンドロマリウスは、エプロン姿で机を拭いている。マルコシアスも、エプロンを着ると手を洗い鍋を取り出す。
「そう言えば、栗を昨日貰ったんだけど。」
「おう、秋の味覚だな。」
頷いて、鍋に水を入れて火にかける。
「うーん、普通に栗ご飯してもいいけど………」
すると、マルコシアスは暢気に言う。
「春に、筍飯を作ったみたいに?」
「うーん、微妙だよね………。そうだ、秋の炊き込みご飯。あれ、美味しいんだよねぇー。」
フローズは、ユルユルな笑顔で言う。
「栗でか?」
「栗ご飯が、有るんだからいけるはず。」
ちなみに、この世界では異世界の料理は珍しく情報も少ない。気まぐれで、レシピを残す異世界の勇者が余りにも少なかったためだ。
野菜を切りながら、暢気に会話するフローズとマルコシアス。アンドロマリウスも、キッチンに入って来て3人で作業する。アンドロマリウスは、じゃがいもや人参をピーラーで皮を剥いていく。マルコシアスは、野菜や肉を切り下準備する。フローズは、2人が準備した野菜と肉で料理を作る。
フローズは、少しだけ寒くなったと思いながら、スープの味見をして満足そうに頷く。
これは、異世界の日本という国のスープ。異世界人が、愛してやまない日本の味……味噌汁である。
今回は、シンプルにカボチャとわかめにした。
「よう、フローズ。さっき、朝市で秋刀魚が売ってたんだがよ。魚屋のおっちゃんが、フローズに持ってけって言われたから持ってきた。」
「え?僕は、頼んでないけど……」
フローズは、不思議そうに首を傾げる。
「なんでも、フローズには娘の件で世話になったからだそうだ。それで、何があったんだ?」
ニヤニヤと、聞いてくる常連のニッキさんにフローズは呆れた表情で言う。本当に、このおっさんは……
「ニッキさん、何を期待しているのかな?」
「何せ、良かったら嫁にくれるとか言ってたし。」
すると、マルコシアスが青ざめた。そして、包丁の動きを止めてから何やら呟いている。
「へっ、陛下にライバルが………これは、報告すべきか?どうする、いやしかし陛下に言えば………」
「あのさ、僕は結婚とかする気はないよ。恋にも女にも、興味はないんだってば。まったく………」
フローズは、マルコシアスを白い目で見てからニッキに素っ気なく言う。そして、手紙を読む。
「やっぱり、薬のお礼みたい。」
「ああ、フローズは料理にはまる前は調薬とかやってたしな。確かに、フローズなら腕は確かだ。」
マルコシアスは、納得して包丁を動かす。
「そうだ、朝食は秋刀魚の塩焼きにしよう。」
すると、気配がしてドアを見る。
「寒いですから、中にお入りください魔王陛下。」
すると、ドアをゆっくり開けて入ってくる。
「そっ、その………皆、おはよう……」
フローズは、小さくため息を吐き出す。寒かったのか、魔王は身体を震えさせている。
「マルコシアス、膝掛けを2階から持ってきて。」
「はいよ。」
マルコシアスは、フライパンの火を止めてから、アンドロマリウスに任せて2階に行く。アンドロマリウスは、フライパンを持って皿にのせる。
フローズは、ホットミルクをコップに入れて机に置くとキッチンに戻る。魔王は、少しだけ驚く。
「その、ありがとう………」
「まったく、少しは格好を考えてください。もう、秋も後半で寒い時期なのですから。」
フローズは、鍋を見ながら言う。
「………うっ、すまない。」
マルコシアスから、膝掛けを受け取り言う。
「何か、フローズがおふくろと重なる。」
「フローズさんって、紳士的だよな。いくら、嫌いな相手でも優しくできるし。何か、格好いい。」
若手の冒険者は、暢気に言って席に座る。
「フローズさん、俺達も秋刀魚!」
「開店は、7時から何だけど………まぁ、良いかな。君達も、依頼が早い時間帯なんでしょ?」
「はい、6時にギルドに行くんです。」
フローズは、暢気に頷いて秋刀魚の下処理をしてから焼く。そして、ご飯は白米である。炊き込みご飯は、炊けるのに時間がかかる為だ。
「そっか、どんな依頼を受けてるの?」
「これでも、俺達はDランクで護衛依頼です。」
フローズは、暢気に頷いている。
「カッサムの町まで、俺達だけで護衛するんだ。」
「カッサム………。ねぇ、もしかしてギルドを通してない依頼を受けてるの?あっちから、誘った?」
フローズは、真剣な表情で2人に聞く。
「え、ギルドを通さなくても………」
「君達は、馬鹿なのかな?」
周りの、ベテラン冒険者は苦笑している。
「良いかい、確かにギルドを通さなくても、普通に依頼は受ける事ができる。でもさ、それは泥水をろ過せず飲むようなものだ。ギルドっていう、フィルターがないから当然………悪意のある依頼、もしくは犯罪の片棒を担がされたりすることもある。」
フローズは、真剣な表情で未熟な2人に言う。
「でも、大丈夫だって………」
「そりゃ、犯罪者が自分の都合の悪いことを、君達に言うわけ無いじゃない。それとね、6時の待ち合わせとか早すぎる。まるで、人目を避けてるようだしね。もしかしたら、犯罪者の可能性が高いよ。」
「良かったな、真っ直ぐにギルドに行かなくって。最悪は、片棒を担がされたあげく殺されるとか普通だぞ。一緒に、行ってやるから依頼を断れ。襲われたら、俺達が守ってやらぁ!」
ニッキが、ベテラン数人に声をかけている。フローズは、エプロンを脱いで掛ける。
「フローズ、お前も行くのか?」
「少しだけ、店番をまかせるね。」
フローズは、有無を言わせぬ笑顔で言う。
「お、おう………」
「え、フローズさんは駄目だろ!?」
すると、ベテラン冒険者さんは苦笑する。
「奴らも、かわいそうに………まさか、自分達が眠れる竜の尻尾を蹴ったとは思わんだろうな。」
「いやいや、場合によっては竜より太刀が悪い。」
少年は、フローズを見る。フローズは、ギルドカードを出して2人に見せてからニコッと笑う。
「なっ!?フローズさん、SSSランクって………」
「更に言えば、フローズは氷帝で剣王のお気に入りなんだよ。それに、魔王の嬢ちゃんにも気に入られてるようだしな。だから、心配するだけ無駄だ。」
周りは、ウンウンと頷いている。
「最強を冠する、帝の称号持ち………すなわち、俺達ベテランが束になっても勝てない相手だぞ。」
フローズは、笑みを消して冷たい表情になる。
「最悪は、殺すけど良いよね?」
「ギルドは、何も知らないわよ。個人の事に、口を出すのはタブーだし。だから、遠慮なく潰して。」
ギルドマスターは、コーヒーを飲みながら笑う。
「じゃあ、行ってきます。ほら、行くよ君達。」
数分後………
「ただいま。」
「フローズ、流石に格好いい………何か、負けた!」
フローズは、着替えてエプロンを着け手を洗う。
「2人とも、ごめんね。」
「夕御飯は、お肉が食べたい。」
マルコシアスは、暢気に笑って言う。
「勿論、フローズの手作りを期待してます。」
アンドロマリウスも、冗談っぽく笑うのだった。
「フローズ、少しだけ2人で話せないか?」
魔王は、真剣な表情でフローズを見る。
「………残念ですが、時間的にお断りします。」
「なら、夕方にまたここに来る。」
そう言うと、お金を払って消えてしまった。