第六話 胡蝶の夢
「よーしそうと決まれば、まずは給料についての話を決めちまいやしょうぜ!」
「すまない、いま俺たちには金もまったくないんだ」
「……故郷に帰らせてもらおうか!」
これが彼が仲間になったあとの最初の会話だった。握手の直後に手を払われる。まことに遺憾なことである。
「いや、やっぱりおかしいよな!? 百歩譲って嵐で流されてきたにしても、船で何をするにしたって金はいるだろ。船員に払うの給料分位はあるはずだろ!? なかったら反逆ものだろ!」
「金庫室はあるんだけど中身は空なんだよ」
「なあ兄ちゃん嬢ちゃん、あんたら魔法使いなら就職先は選り取り見取りだろ。なんで金のない船なんかにいるんだよ」
「そうだよなあ。やっぱり彼女たちにもこれから給料出したほうがいいよなあ……」
「何当たり前のことを言ってるんだアンタ……。おいおい嬢ちゃんたち大丈夫なのかこの提督さん。やべーんじゃねーのか」
金も出せない艦長にはついていけない、とばかりにゴメスさんの言葉からは先ほどまでの丁寧さは消えていた。気持ちはわかる。俺も給料出せない会社とかで働きたくはないし。
「この状況になった責任は提督にはありません。それに私が望んで提督とともに在りたいとここにいるのです。お金の問題ではありません」
「お、おう……? どういうことになればそういう事態になるのかよくわからん。 げ! 笑顔のまま睨まねえでくだせえ! ま、魔力が漏れてやすから! 謝りやすから! 怖ええ!」
「提督さん、どうしようもなかったらわたしたちが働いて養ってあげますよ~!」
フォローしてくれるニーナの優しさが沁みるなあ。でも俺のために言ってくれるのにすいません、その妙な迫力のある笑顔がちょっと怖いです。彼女の青いはずの魔力がなんだか黒くなってるし。……ニーナは怒らせないようにしよう。
キッカ、そういう人をダメにする台詞はおよしなさい。ついそれもいいのかもしれないなんて心が揺れてしまうでしょ!
現実的に考えるとゴメスさんに協力を仰ぐなら給料をだすことは必要だろう。従者の皆にタダ働きをさせ続けるのも論外だ。それに給料を渡すことで、彼らがこの世界でやりたい事を見つける契機にもなるかもしれない。食料や弾薬を補給するにしても金はいる。何とか稼ぐ方法を考えるしかないか。
……俺っていま一文無しなんだよな、と考えると、胃の辺りがキューッとなってくるな……。つらい。
「提督、よろしいでしょうか?」
「よし、頼むぞランスロット! なにかいい案を頼む! 俺の心の健康のために!」
「心の健康……? コホン。資金が問題なのであれば、現状の我々にできそうな資金の調達方法はいくつか思いつきます。ですがその前に、提督の目標を確認させていただけますか?」
「俺の目標?」
「はい。先ほどのように漁労をすれば、収益をあげることは可能でしょう。それは我々の生活費を賄うというだけならば十分です。しかし、例えば人を雇い遠洋の探索をしようとするならば資金を集めるのに時間がかかりすぎてしまいます。よって我々は何を目指すのかによって、資金の調達方法を検討してゆく必要があります。
ですからここで確認させて頂きたくあります。我々はこれから何を目指すのですか?」
俺の目的。それは俺のいた世界に帰ることで、そのための手段を探すことだ。ランスロットにはそう言う話はする機会はなかったが、さきほどのゴメスさんとのぼかした会話から俺の思いを察したのかもしれない。ニーナは憂いを帯びた目で俺を見ていた。彼女の想いは知っている。それでも、ここは俺の本心をごまかしちゃいけないよなあ……。
「俺は……帰還の方法を探すことを第一としたい。そしてなぜ俺たちがここに来ることになったのかも知りたい。そのためにもまずは情報を収集したいと考えている。
……君たちの上位者なんて顔をしていたのに、いままであやふやにしていてすまなかった。そして改めてここでお願いする。俺の帰還のために、君たちに力を貸して欲しい」
「……了解であります!」
「そうねぇ~。提督さんがそう望むなら、いいですよ~」
「……」
ランスロットは敬礼で。キッカは笑顔のまま受け入れてくれた。
ニーナは……俯いたまま無言だった。ここからは、隣に座る彼女の表情は垂らした前髪に隠れてよく見えない。口元は固く結ばれているような気がする。やはり俺の帰還という最終目標は、そこで別れることになってしまう彼女としては承服しがたいのだろうか。
「ま、しょーじき寂しーけどしょうがねえよなぁ。ニーナ、提督には帰る場所があるんだから、そこに帰ろうとするのは自然だろ?」
「……はい。……提督、私の力はあなたのために」
直情的な性格にみえたイオがニーナを諭してくれるとは、失礼かもしれないが少し意外だった。こちらを向いたニーナは笑顔だが、それは少しだけ無理をしたものに見えた。
「いやー、青春でやすねえ。どこぞの演劇かとおもいやしたぜ」
ゴメスさん、ニヤニヤして茶化さないの! そんなこといわれたら恥ずかしくなっちゃうでしょ!
「なんにせよ方針が決まったってんならいいことでやすね。そんで、情報収集してえんならでかい港や街にいくのが手っ取り早いですぜ」
「ゴメスさんは、そんな港にどこか宛てがあるかい?」
「ゴメスでいいですぜ、提督さん。あんたは船乗りとしちゃ未熟もいいとこだが、上に仰ぐなら悪くないかもしれねえ。それに、なんだか見てると面白そう……ゲフン。あんたら若すぎる旅人だけってんじゃ危なっかしい。改めて、アッシも手伝いさせていただきやすぜ。キリッ」
「うははははは! おっちゃんキリッとか口で言うなよーなんだそれー」
「おいおい嬢ちゃん、このへんのお芝居じゃキラーンとかポッだとかよくやるんだぜえ? 学のねえ庶民相手だからなあ。 まあ、普段の会話で言うやつは阿呆か、相手をおちょくるときくらいしかねーんだけどな! ぶははははははは」
「俺おちょくられてるの!? ぷっ……わははははは」
これはちょっとだけ認められた……のかな? 本音がでてた様な気もするけど。
「まあ給料の払いが遅れるのもよくあることでさあ。そのぶん割り増しとか、酒の配給とか……期待してやすぜ提督さん!」
いろいろと台無しだよ!
……ゴメスが明るい男で助かった。見ればイオだけじゃなく、さっきまで少し沈んでいたニーナも、ランスロットも、キッカも笑顔だ。俺もこの世界にきて、初めて心から笑えたかもしれない。なんだか肩の力が抜けた気がする。船のような狭い空間では、こういうのが大事なのかもしれないな。……もしかして気を使ってくれてるのかもなあ。
「そうそう、話を戻させていただきやすがね。情報を集めるってんなら、このへんじゃやっぱり中央大陸……エウロア大陸の港やでかい街がいいんじゃないでしょうかねえ。別大陸にも港や殖民都市をもってる国が多いんで、交易の流れに沿って世界中から情報が集まりやす。大きな街には大学もあるんで、学者さんたちなら提督さんたちが迷い込んできた航路なんかを知ってるかもしれやせん」
「エウロア大陸か。じゃあ旅の目処がつけられたら、まずはそこに向かうことにしようか」
「ただ、ここからは少し距離がありやす。やはりアゾット諸島で準備を整えるのがいいでしょう」
「そのためにもまずは金策、だな」
相変わらずお金のこととなると頭が痛いが、問題が整理されてひとまずの道が見えただけ少し気が楽になる。ただ俺たちが探してるのは航路じゃない。学者さんに異世界にいく方法のことなんてわかる人がいるのかな? そんなことをゴメスに聞いて変に思われないだろうか。
「なーなー。おっちゃん、例えば異世界とかにいく方法ってしってるひといねーの?」
ズバっと切り込んだー! ちょっとイオさんそれ剛速球暴投なんじゃ……。と彼女の顔を見るとこっちにウインクしてきた。俺の考えを汲んでくれたのか。ぐぬ、少し可愛いじゃねーか。
「異世界? 研究してる学者はいると思うぜ。なんだ嬢ちゃんはそっちに興味があるのか?」
「いるのかよ! びっくりだよ! なんでだよ!」
「うおっと!? なにをそんなに驚くんですかい提督さん。そりゃあ召喚魔法ってのがありやすからね。呼び出した使役獣やら魔法生物がどこからくるのかってのは、ずっと昔からの結構有名な魔法学者の研究テーマらしいですぜ」
「召喚魔法……そうか、こっちにはそういうのがあるんだな」
どうも元の世界の基準で物事を考えてしまう。召喚魔法はMPOにもあったのに、まったく考えが及ばなかった。ここは魔法がある世界なんだし、固定観念に囚われてるのはよくないことかもしれない。
「そーいやあたしらのなかに召喚魔法できるやついねーなー。てーとく、なんでー?」
「君らと艦が十分に強くなったから、俺には必要なかったんだよ」
「おう! そーだな! あたしら強いもんな! ふへへ」
「私は少し召喚魔法に興味がでてきました。提督、召喚魔法を調べにいきましょう? ……提督がもし帰られたら、呼び出すかこちらから出向いてお会いできるようになれば……! ふふっ」
「お、おう。ニーナってそんな性格だったの……?」
「落ち着けニーナ。それなら戻られる提督と一緒に俺たちもあちらに行けばいいだけのことではないか」
「あら! そうねランスロット。いけないわ、私としたことがそんな簡単なことにも気づけないなんて」
「え、そういう流れになるのか。なっちゃうのか」
「提督さん~こうなったらニーナは頑固だから~あきらめて~?」
「マジか」
「提督、よろしいですね?」
「あっハイ」
「なんだ提督さんはもう尻に敷かれてるのか? やっぱりなんかあんたたちみてるとおもしれーな」
ま、まあやる気がでたならきっといいことだよな! 彼女たちのやりたいことができたならそれを尊重……して大丈夫、なんだろう、か?
結局話しているうちにあたりはずいぶんと暗くなっていた。金策についてはまた明日検討することとして、ひとまず今日は休むことになった。当直は従者たちが交代でやるから俺は休めといわれて、甘えさせてもらう。どうも肩が重い。知らぬうちに疲労していたのだろう。
異世界にきて、ゴメスを拾って、メシがなくて、話し合いで……一日が濃すぎた。
艦長室のベッドにたどり着いて服も脱がずに倒れこむと、すぐに眠気が襲ってきた。明日、目が覚めたら、これは夢で、俺は、元の世界で目が覚めたりしないかなぁ……。
帰りたい……、なぁ……。