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第三話 従者

 ゲームで聞きなれた電子音が響いて俺とニーナはビクン! と震えて慌ててお互いの手を離した。俺のケツは数ミリ浮いていたかもしれない。音の発生源は立派な机の上、緊急の文字が表示されているホログラム画面だった。どうやら誰かからの呼び出しのようだ。


 ニーナに目配せしてともに立派な机に移動した。立ち上がったときに気づいたがマグヌス・ペリプルスオンラインで着ていた士官の服装の外套だけを脱がされていたらしい。そのまま椅子に座り画面にタッチしてみる。ニーナは机の脇に控えるようだ。


『お取り込み中のところ申し訳ありません。提督、ランスロットであります』


 青灰色の髪を短く整えた青年士官が画面に映された。


「ランスロット!? そうか、君もいたのか」

『ハッ! 提督、至急判断を仰がなくてはいけない事態が発生しました』

「緊急事態? いったい何があったんだい」

『オフィサーが海上に漂流者を発見いたしました。指揮所にお越しいただけますか?』


 マグヌス・ペリプルスオンライン。略称MPOでは歴史上に存在したさまざまな帆船のデータから自分の乗りたい船のモデルを選ぶことができる。この艦は俺の趣味により英国海軍の有名な軍艦であるヴィクトリー号をモデルにしていた。

 

 だがこの艦は見た目は帆船だが中身は別物だ。かの有名なネルソン提督は甲板上に生身を晒して指揮をとったというが、ゲーム上の都合によりこの艦には戦闘指揮所を屋内に設置する必要があった。ある程度自由に艦内の設備は設計できるが、俺はデフォルトで指揮所が設定されている場所から移動させてはいない。俗に帆船においては船尾楼と呼ばれる船体の後方部分だ。船長室からは、近くのエレベータで登ればすぐに指揮所に行けるようになっている。これは現実になるとありがたい。もし船首に近い場所に指揮所を設置していたなら、短くない距離を走りまわるはめになっていたかもしれない。


「遅くなった」


 部屋にかけてあった上着を羽織り、ニーナを伴ってエレベータから指揮所に入る。どこか見覚えのある三人が、艦長席の前方に配置されたそれぞれの席から立ち上がって出迎えてくれた。さきほど通信を入れてきた士官服のランスロット。猫人で黒髪、赤い身軽そうな服装の上に革鎧をつけている女性がイオ。茶髪にヘッドホン、首にゴーグルをかけた少女がドワーフのキッカ。そして要所を守る鎧を着込んだダークエルフのニーナ。この四人が俺の従者だったNPCたちだ。ニーナがいるのだから他の従者がいてもおかしくはないのだが、やはり現実となった彼らを見ると戸惑ってしまう。


「お待ちしておりました」敬礼とともに生真面目な声音で答えるランスロット。

「提督、もう大丈夫そうだね」と勝気そうな顔をしたイオ。

「提督さん、心配しました」とは優しげな表情のキッカ。


 ゲーム時代には彼らの声にはいくつかのサンプルから好きな声を当てられたものだが、それでも喋らせることができるのはいくつかの定型文だけであり、こんなに自然な会話はできなかった。NPCたちと会話をしているということにまだ強い違和感がある。ランスロットに答礼し、艦長席に向かうとニーナも隣の副長席に着席した。


「あ、ああ……緊急事態ということだから、挨拶はまた改めてすることにしよう。それでランスロット、漂流者がいたということだけど?」

「はい。オフィサー、詳細情報を提督にまわしてくれ」

『了解。現在対象は当艦から六時方向、距離二千。映像とマップを表示します』


 オフィサーはこの艦の制御AIだった。だが明らかにゲームだったころとは反応が変わっている。カメラ操作は、プレイヤーである俺が艦長デスクで操作しなければいけなかったはずなのだが。女声の電子音声とともに、指揮所前面の大型ディスプレイと艦長デスク上にモニターが現れる。その映像の中では男が一人、板切れを抱えたまま波間を漂っていた。望遠カメラでとらえているためか画像が荒い。


「これは……動いてないな。もしかして意識がないのか?」

「この映像ではわかりませんね。いまは波が穏やかですが、もし意識がない場合には何かの拍子で波に飲まれるかもしれません」


 ニーナの冷静な分析に苦いものを飲まされたような錯覚を覚える。


「我々ではどうするべきが判断ができませんでした。提督、いかがなさいますか?」


 ランスロットの問いかけはつまり、俺に漂流している彼を助けるかどうかを聞いているのだろう。少しだけ落ち着いたとはいえ正直まだ現状すら把握できてはいない。だが、迷っている暇はなさそうだ。


「見つけてしまったからには見捨てられない。リスクはあるが助けようと思う。……皆、それでいいだろうか?」


 隣の席のニーナが声をかけてきた。


「提督。私たちはあなたの従者です。私たちはみな、提督のやりたい事を叶えるためのお手伝いがしたいと思っています。どうか、お心の召すままにご命令を」

「任せてください」

「なにかあっても提督はあたしらが守るよ」

「提督さんが決めたことなら~」


 ニーナ以外の三人とも頷いてくれていた。ひとまずこちらの指示には従ってくれるようだ。


「皆……ありがとう。ではこれが俺たちの最初のミッションだ」

「了解!」


 声をそろえて返答してくれる従者たちの笑顔が嬉しかった。


 現実化した艦がどこまで思ったとおりに動いてくれるか不安だったが、幸いなことに操作の感覚はゲームのころと変わらなかった。ゲームとおなじく、現実となったこの艦の操作は制御AIであるオフィサーが司っていて、ほとんど自動化されているらしい。帆の操作なんて素人には無理なうえに、そもそも三本もあるマストの帆を操作するのに必要な人数が乗っていない。だからこれは助かった。むしろオフィサーに指示を出せる人員がいれば一人でも動かすことが可能だとか。なんだこのチート艦は。


 グラフィック上の飾りでしかなかったボートは、問題なく使用することができた。回頭させた艦を、波を立てないようにをゆっくりと要救助者に近づける。ある程度の距離まで近づいたらゆっくりと減速し、波を立てないように停止した。甲板からクレーンを伸ばしてボートを下す。治癒魔法の使えるニーナであれば速やかに必要な救護ができるだろう。それにボートを漕ぐ要員がいないが、風魔法の使い手のランスロットがいれば速やかに要救助者に近づけるだろう。キッカには漂流していた彼の消耗を考えてなにか使えそうなものや食べさせられるものがあるかどうか、救護室や食料庫や厨房を確認に行ってもらった。

 

 映像の中では漂流していた彼の救助は順調なようだ。間に合ってよかった。髭面の彼は四十代だろうか? がっちりした体格をしているが、二人の従者によって軽々とボートに引き上げられた。


「二人じゃ引き上げるのにも苦労するかと少し心配だったけど、その必要もなかったみたいだな」

「あたしら戦闘職だし、あれくらいだったらたぶん一人でも楽勝だぜ?」


 万が一の敵性存在の来寇に備えてこの指揮所に唯一残っているイオは、椅子の背もたれを抱えてこちらを向いて座っている。


「そ、そうなのか。皆すごいんだな」

「? 提督はあたしらよりも強いだろ?」

「ゲームのスキルとステータスだったらね……いまはどうなのかはわからない。というか体を動かしている限りではそんな力はなさそうなんだ」

「ふ~ん……じゃあさ、提督! よかったらあたしが鍛えてあげよっか!?」


 そう言う彼女はたしか従者の中でも一番近接戦闘に秀でているスキル構成だったはずだ。この体がどうなっているのかの確認も必要か。


「そのうち頼むよ。でもお手柔らかに頼む」

「やった! まかしといて!」

「……なにか嬉しそうだね?」

「そりゃあね! あたしらまだわっかんねーことばっかりだけどさ! それでもさ、提督の役に立てることがあるってのが嬉しーんだよ!」


 にししし、と屈託のない彼女の笑顔はとても明るい。だがその言葉には少し考えさせられるものがある。……彼女たち従者は、まだ子供のようなものなのではないだろうか。俺がそうあれかしと設定し、そして何者かによって体を与えられた彼女たちは、俺の望むことを手伝ってくれるという。だがそれは、まだ自己を確立する基盤の弱い幼い子供が必死に親の言いつけを守ろうと、いい子であろう、役に立とうとする心理に近しいような気がしてならない。


 いまのところ、彼女たちは命を得たばかりでアイデンティティを確立できるほどの記憶がないのだろう。だからだろうか、俺の存在に依存している節がある。それこそ親を求める子どもの様に。だから俺が頼めば、きっと俺のために戦ってくれるのだろう。だがそれは彼女たちが望む戦いではない。俺が望むことによって彼女たちはその手を血に染めるのだ。そう考えると背筋に冷たいものが流れる。これは、俺の選択がいつのまにか彼女たちの人生をいかようにも変えてしまうということへの、つまりは彼女たちの人生を背負うことへの重い実感だ。


 俺はどうしたらいいのだろうか。俺は……この奇妙な現実を自分から望んだわけではない。打算的に考えれば、俺にはこの世界で何を目指すにしても、しばらくの間は彼女たちの助力が必要なことは間違いない。ではゲームと同じようにNPCとして…ただの道具として扱う? いや、それはあのニーナの懇願をみてしまっては、イオのこの明るい笑顔をみてしまっては、知らないふりはもうできそうにない。彼女たちはそれぞれが人間としてたしかな感情を持って生きているのだ。ゲーム上のこととはいえ彼女たちを創りだしたのならば、俺にはきっと彼女たちへの責任がある。それにこの無条件といってもいい信頼には、応えてあげたい。もしもさまざまな選択を迫られたときには、彼女たちに恥じることのないような選択をしたい。そうでなければ、俺は彼女たちに顔向けできないではないか。


 そうだ。俺は彼女たちの力を借りる。元の世界に帰るにしても、この世界で何かをなすにしても。だけどそれは、俺が提督で彼女たちが従者だからというゲームの設定に基づいたものだけではないようにしよう。彼女たちは、俺の子供のようなもの……そう、俺たちは家族、のようなものなんだ。そして家族である彼女たちの力を借りる以上は、俺も彼女たちに何かを返していかなくては。せめて、彼女たちが成長し、この世界で人として自分の生き方を選べるように。……いつか、俺が一緒にいられなくなったとしても、彼女たちがこの世界で生きていけるように。


『提督、要救助者を確保しました。意識はありませんが命に別状はないようです』


 考え事をしていたら、いつのまにかボートは甲板に引き上げられていた。


「ああ、ありがとうニーナ。船員用の船室が空いているはずだ。適当な部屋に運んで寝かせてあげてくれ。後で俺も様子を見にいくから、もうしばらくそばについて様子を見てあげてほしい」

『わかりました』

「オフィサー、周辺にほかの漂流者は?」

『現在までには見つかっておりません』

「わかった。引き続き周辺のサーチと警戒を頼む」

『アイサー』

「……へへへ~」

「? どうしたイオ。そんなにニコニコして」

「さっきから提督が難しい顔して考え込んでたんだけどさ、それがなんだかだんだんいい顔になってきたなあって」

「……そうか? 自分じゃわからないな」

「ねえねえ、何を考えてたの?」

「イオたちのことだよ」

「え、あたしらの?」

「そう。俺はいま君たちに頼りっぱなしだけど、俺は君たちには何をしてあげられるのかなあってさ」

「……そっか! そうなんだ~」


 お? テレ始めた。新鮮な反応だな。


「イオはさ、俺に何かして欲しいことはあるかい?」

「えぇ!? そ、そんなのまだわかんないよ。みんなと相談してもいい?」

「そうか? じゃあ何か思いついたらそのうち教えてくれると嬉しいな」

「うん! わかった! 考えとくね! ……わたしちょっとニーナのとこ行ってくるね!」

「ん、ああオフィサーが索敵してくれてるしな。わかった。だけど救助した彼のいるところでは静かにな」

「うん!」


 さすが猫人族、新しい物事には興味津々だな。願わくば、家族のような存在の俺たち以外ではじめて会うことになる彼がいい人であってほしいが。しかしなんだろうか。俺が彼女たちの親のようなものだと意識したらイオの素直な反応がとても可愛く思えてくる。これが父性というものか? って、俺は結婚もしてなかったのに娘や息子的な存在ができるとは思ってもみなかったなぁ……。とりあえず皆に旨いものでも食べさせてやりたいなあ。


『提督! 保護した彼が目を覚ましました』

『提督さ~ん食べ物がなんにもないよぉ~』


 なん……だと……!?

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