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第二話 あなたとともに

 キィィィ……ザザアァァァ……。

 おねがい……これで……。

 ザザァァァ……。

 遠くから聞こえるかすかな波の音と穏やかな揺れ。たゆたう意識が浮上していく感覚のなかで誰かの声が聞こえた気がした。


「ん……」


 目が覚めると見なれない部屋のベッドで寝ていた。体を起こすと薄手の柔らかな布団が掛けられていたようだ。ベッドの右手は壁。左手のベッドのへりには転落防止用だろうか、丸く加工された掴みやすい木の柵がつけられている。その柵が大きく開けられた中央部の向こうに人の気配があった。


「提督、お目覚めになられましたか」


 しっとりと落ち着いた女の声音にそちらを見やると、耳のとがった女性が木製の椅子に脚をそろえて座っていた。褐色の肌に銀髪、瞳はすみれ色。ダークエルフでいいのだろうか。すっと通った鼻筋に小顔、髪はまとめてすこし荒めのシニヨンにしている。ケープスリーブとでもいうのだろうか、暖かな色合いの白い服と首元までを覆うインナーの深い蒼が肌の褐色の肌に鮮やかにマッチしている。整った顔立ちにやわらかな笑顔の彼女は端的に言って俺の好みにどストライクな美人だった。


「提督? まだ意識がはっきりされないのですか?」


 少し眉をひそめた物憂げな視線もいい……。じゃなくて。


「あ、ああ。意識ははっきりして、ます。それで君は一体誰だい? 提督って俺のこと…ですか?」

「……おいたわしや、混乱しておられるのですね? 大丈夫です。ニーナはずっとおそばにおります」

「いや、俺は落ち着いて……ニーナだって?」


 ダークエルフで、ニーナ。その名前のキャラクターを俺は知っている。だが、いやしかし、まさか。


「はい、ニーナです。提督、指は何本に見えますか?」


 親指も広げたチョキの形で左手を振っている。かわいい。


「三本」

「視界は大丈夫みたいですね。お水をお持ちしますね」


 そう言って立ち上がったニーナはベッドのそばから離れていく。そこでようやくニーナから視線を離して見渡すとどこか見たことのある部屋だった。というかこれはやはりゲームの船長室の内装にそっくりだ。


「おまたせしました提督」


 すぐに戻ってきたニーナが木製のカップに手をかざし、なにごとかをつぶやくと空だったマグカップに水が満ちてくる。


「な! それは何だ!?」

「なにって、水ですよ?」

「そうじゃなくて! いま何をした……んですか」

「魔法で水を出しただけですけど……」

「魔法……使えるのか……」

「そうですよ。提督、とりあえず水を飲んで落ち着きましょう?」

「あ、あぁ……ありがとうございます?」


 カップを受け取って中身を確かめるが普通の水だ。VRゲームで飲食は不可能なはずでは? それに魔法で出した水って大丈夫なのか? とニーナを横目で窺うと不安そうな顔をしてこちらを見ていた。ええい、男は度胸!


「うまい……」


 意識できていなかったが大分喉が渇いていたようだ。一口確かめるように少し飲んだあとは欲求にしたがって一気に飲み干した。


「おかわりをもらえますか? ……そしてさっきの魔法をもう一度よく見せて欲しいのですが」

「はい! では少しお傍に失礼しますね」


 ニーナはカップを受け取ると、そのままこちらに少し身を乗り出して屈んできた。いい匂いがしてドギマギするが魔法への興味でなんとか動揺を抑える。さきほどと同じようにニーナはカップの少し上に手をかざし……。


「アクア」


 と一言呟くと、カップに湧き上がるように水が満ちてきた。 


「はー……これが魔法……」

「はい、最も基本的な魔法ですね。どうぞ」

「ありがとう」


 差し出されたカップを受け取って飲み干す。やはり普通の水だった。


「あの、提督。もしかして私のこと……私たちのこと、憶えておられないのでしょうか?」


 沈んだ声音だった。ニーナのことは憶えている。とは言っても俺の知っているニーナがいまそこにいるニーナであるはずがない。だってあのニーナはゲームのNPCだった。いくら特徴が似ているとはいえあれは俺が設定した架空のキャラクターなのだ。いまそこにいるニーナはどうみても自由意志を持って生きている。


 だってほら、表情がコロコロと変わってるし。ずっと黙って見ているだけでショックを浮けて沈んだような顔が、こちらを見て何かに気づいたようにはっとして、それからだんだん視線が落ち着かなくなって。あ、少し俯いた顔が赤くなってきた。


「あの、提督……。その、あまり見つめられては困ってしまいます……」


 はっ。いかんいかん。なぜもじもじする女の子の上目遣いと言うのはこんなに可愛いのだろうか。ついほっこりしてしまっていた。


「あ、その、なんだかすみません……」


 しばらく二人とも照れてしまって目を合わせられない時間が続いた。


「んん……こほん! 提督? 先ほどから気になっていたのですが、私はあなたの従者なのです。そのような他人行儀なお話かたをされますと寂しいです」

「ん? そうなんです……か? とはいっても初対面だし……」

「初対面……ですか。やはり記憶を失われておられるのですか?」

「いや、記憶は……あるんだけどなんというか現実感がないというか、記憶と現状に齟齬があるというか」

「現実感がない、ですか?」


 首をこてんと傾げるニーナを見ながら考える。言ってしまっていいのだろうか。まるで違う世界に来てしまったようだと。……君が俺の作ったNPCに似ているなどと。どうやらニーナの方は俺のことを知っているらしい。しかし俺にはニーナのような女性は知り合いにはいない。そもそも俺の知ってる世界にはエルフ耳の人なんていなかった。


 自分のことを正直に話すべきだろうか。しかしありのまま起こったことを話したら正気を疑われるかもしれない。もしもこの体が別人のもので、ニーナの知る誰かのものだったら、その誰かの体を奪ったかもしれない俺は恨まれることになるのだろうか。ではまずは自分のことを隠してできるだけ情報を集めるべきか?


「……記憶の確認のために、いくつか質問をしてもいいかな?」

「はい、なんなりと」

「ありがとう、ではまず、俺の名前はなんだったかな? 従者と言っていたが俺と君との関係はどういったものだった?」

「提督のお名前はタクミ様です。私はニーナ。提督の最初の従者でありこの艦の副長を任されております」

「君の種族と職業とクラスはなに?」

「私はダークエルフの騎士職であり、現在はパラディンのクラスです」

「……君の使える魔法の種類と、得意な魔法を教えて欲しい」

「私は四元素の魔法では火属性以外は扱えるはずです。その中でも水の魔法が得意でした。水魔法に関しては最高位のランクⅤの魔法まで扱えたはずですが、風と土に関してはランクⅡまでしか扱えません」


 ……でした? ……はず? 気になる内容はあるがここまではほぼ設定どおりか。嘘のような話だが本当にゲームのままとは違和感が拭えない。しかしここからが本題だ。ひとつ息を呑んで質問を続ける。


「では、君のレベルと現在のHPとMPを確認して教えてくれるかい?」

 これがゲームだったら。それともこれが現実だったら。どういう答えが返ってくるのだろうか。

「私はLv100……のはずです。現在のHPとMPについては、申し訳ありません。確認の方法がなく答えることができません」

「……なんだって?」


 その答えはおかしくはないだろうか。Lvを理解しているならこれはやはりゲームなのか? しかしもしこれがゲームならばすぐに答えられるはずだろう。もしも、万が一これが俺の生きてきた世界とは異なる現実だとしたら理解すらできない質問のはずだろう。レベルの概念を理解していて、自分のレベルも憶えているというのに、その確認はできないだって? それは一体どういうことなのだろうか。

「……すまないけれど俺はやはり混乱しているのかもしれない」

「いえ、無理のないことです。私もさきほどの出来事より自分の状態を確認してしばらくは戸惑っておりました」

「先ほど、か……。教えてくれ。何があった?」

 この生きているとしか思えないニーナが混乱することになったという、その出来事とはなんだ。


「私は……私たち従者は、肉体を得ました」

 

「……は?」


 あまりの衝撃的な発言にニーナを凝視してしまう。体を、得た? 信じられない。なんだそれは。


「確認させてほしいんだけど君は……ついさっき、その体を得た、と……そう言ってるのか?」

「その通りです」

「いや……おかしい、よね? 君はゲームのキャラクターだろう? もしもそうでないとしたら、君はいままでこの世界で生きてきた人のはずじゃないか」

「なるほど、以前はゲームというものだったのですね。ひとつ疑問が解けました」


 ! 失言だったかもしれない。彼女の疑問は解けたらしいが俺の疑問は膨れ上がるばかりだ。体を得ただって? その認識があるというのがすでにおかしくないだろうか? ゲームのことは知らなかった? それでは、いつから自意識があったんだ? 疑問が増えるごとになぜか船の揺れが大きく感じられるようになった気がする。いや、揺れているのは、俺自身なのか? 頭が熱を持つ。自然に顔がうつむく。ニーナを見ることができない。


「君は、君たちはいつから自分の意識があったんだ? 魔法の知識はどうして憶えている? ……いや、それよりも。どうやって肉体を得たんだ?」

「私たちが目覚めたのは洞窟の中でした。そのときの私たちには自分の体はなく、意識はあれども動けませんでした。体を得たのは光に包まれたときのようです。提督のことや、Lvや魔法についてはめざめた時には知識として私たちの中にありました。ただ一般的な知識は光に包まれていた、長くて短いようなあいだに流し込まれたような感覚がありました。どうして私たちがこうなったのかについては……申し訳ありません。私たちにもわかりません」


 体が自然と前のめりになる。手を膝の上で組んでもちこたえた。ニーナの答えを理解しようとするが飲み込み切れない。嫌な汗をかいている。なんだこれは。どういうことだ。……そう、体を得た、とニーナはさきほどそう言った。


 では、俺は?


「もうひとつ質問だ。……君たちから見て、そのとき俺は一体どうなっていたんだ?」

「……提督は、タクミ様は私たちの前におられました。提督には肉体のようにみえるものがあり、私たちを導くために自由に動いておられたように見受けられました」 

「……ような、もの?」

「はい。光に包まれるまでは、その……質感というか熱量というか、いまの提督のように生命力、とでもいうのでしょうか。そういったものものは感じられず、私たちと同じような存在にみえていました」


 その意味するところは、光を浴びる前まではやはり本物の肉体ではなかったということ。それが、光を浴びたあとには彼女たちと同じように肉体を得ていた。ということ。


 ゲームをしていた俺が……そのゲームキャラのデータのまま受肉した、と?


 いや。まさかな。そんなことはありえない。俺はVRゲームをしていたはずだ。マグヌス・ペリプルスオンラインの大規模艦隊戦で、提督役で。敵に追いかけられて、逃げ回って。逃げ込んだ洞窟で、光に包まれた。あれはゲームだった。ならばいまのこれも、ゲームのはずだろう? ああ、でもさっきの水の美味さは。この船の揺れは。ニーナの、この視線から感じる感情は。この圧倒的な現実感はなんだ。


 いつのまにかニーナが俺の手に自分の両手を重ねていた。その手の暖かさが少しだけ俺を冷静にしてくれる。だが同時にその手の感触が、体温があるという確かな現実こそが俺を追い詰める。


「提督。私にはなぜこのようなことになったのかはわかりません。

 でも私は、あなたに創られたのだということは知っています」


 ニーナの声はすぐそばから聞こえてくる。その声がわずかに震えていることに気づいたとき、ニーナも不安なのだと気づいた。気づいてしまった。


「私には、私たちにはそれしかわかりません。でもそれだけで十分です」


 顔をあげるとベッドのすぐそばにニーナが跪いているのだろうか、上半身だけをベッドの上にみせていた。こちらを見上げるその瞳には不安の色と、信頼の光が宿っていて、目が離せなくなった。


「だから……だからどうか、これからも私たちのそばに在って、私たちを導いてはいただけませんか?」


「俺は……君たちを創ったわけじゃない。俺が君たちに肉体を与えたというわけでもない。俺はただ君たちをそう設定しただけだ」


 ニーナの願いを、かわすことができなかった。だって俺には、現実世界の記憶がある。縋れるものが、確かな自分というものがあるのだ。でもここに確かに生きているニーナはどうなのだろうか。ついさっき自意識と肉体を得たという話が本当だとしたら。……命を与えられてまだわずかな時間しか経っていないというのならば、自分たちと俺との関係以外には、自分がなにものかを確かめるすべがないのかもしれない。


 ……それはきっと、寂しいことなのだろう。


「俺にもわからないことだらけだ。だって俺は、ただゲームして……つまりは、正直に言うならば、ただ遊んでいただけなんだから」


 そう考えてしまったからだろうか。彼女には嘘をつきたくないと思ってしまったのは。


「そもそも、多分俺は元からこの世界にいたわけじゃない、はずなんだ。だからいまの俺には、君に何ひとつ確かなことを言ってあげることはできない」


 重ねられた手からそのぬくもりを熱いくらいに感じるからだろうか。


「なぜここにいるのか、その原因がわからない。俺は正直に言って、元の世界に帰りたい。そもそもいつまで俺がこの世界にいられるのかどうすらわからない」


 それとも、今にも泣き出しそうになっているニーナのきれいな瞳に魅入られていたのかもしれない。気がつけば勝手に口が動いていた。


「だから、ずるい言い方だけれど、俺がここにいられる間は、君と共にいることを誓うよ」


「……はい。……いまは、それで十分です」


 泣き顔だったニーナは、こんなずるい男の言い分を聞いても笑顔になってくれた。まるで花開く瞬間のようなその鮮やかな変化はとても輝いていた。

アニメでみたのでつい……露骨なオバロとアルベドのオマージュです。

しかし自分が書くとすぐに湿っぽくなる。小説書くのって難しすぎませんかね……。

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