第十五話 精霊
結局海賊との戦闘のあと、その日のうちに移動を開始することは出来なかった。パガンさんの船の戦死者は一人一人を帆布に包み、海神への祈りと号砲で送られつつ水葬として海に沈められた。礼儀として俺も参列したが、見知らぬ人々とはいえ葬儀というものはやはり物悲しいものがある。家族のあるものは、髪を一房切り取って届けるのだとか。ガラエキアは近いのに遺体を埋葬しないのか、と聞くと、貴族でもなければ遺体を積んで入港することは忌避されるとのことだった。また船乗りは海神を信仰するものが多いという。海に還るというのも、一つの尊厳ある弔いの形なのだそうだ。もしこの世界で俺が死んだら、家族にも親しい人にも俺の死亡の知らせが届けられることはない。絶対に死ねない。なんとしても家族と、アイツの元へ帰らなければ……。ちなみに海賊の死者については葬儀もせずにそのまま海に捨てるだけだという。無法者の末路というものだろう。
葬儀が終わるころにはすでに周囲は薄暗くなっていた。生き残りの海賊たちはパガン船長の船である南の風号で預かってもらえるが、狼人たちは海賊との関係や俺たちとの今後のことも考えると、とりあえずは俺たちのニケ号で保護しておくほうが良いだろうということになった。
「それでは提督、私は彼女たちのケアに向かいます」
「小官は男たちを案内しましょう」
「頼んだよ、ニーナ、ランスロット。食料には余裕があったな? 彼らに食事を出してやってくれ。彼らが落ち着いて安心してからでいいが、できれば彼らの望むもの、生活に必要なものなどの情報を聞き出してくれるとありがたい」
「了解いたしました」
「タクミ提督、パガンどのの言うことにはまだ応急修理と人員の振り分けには時間が欲しいそうですぜ」
「わかった。とりあえずここに投錨して夜をすごそう」
「提督ぅ~、わたし知識だけはあるんですけど実際の船の修理の様子が知りたいので、あちらさんの船の修理を手伝ってきてもよろしいでしょうか~?」
「ん。そうか、人手も足りてないようだしな。じゃあキッカはそちらを頼むよ」
「はぁい~。ニケ~、艦のライトで南の風号を照らしてもらえるかしら~?」
『了解』
急に照らされた南の風号では船員が騒いでいたが、こちらの艦からの照射だとわかると安心したようだ。これで夜の間も作業できると喜びの声が上がっていた。
「ひとまずの作業はこれでいいかな」
「艦長殿、よろしいでしょうか?」
「はい、なんでしょうか?」
声をかけてきたのは南の風号の副長さんだった。パガン船長は太った体型だがこの人はかなり細く背が高い。でこぼこなコンビだな。
「船長がこのたびの礼の一環として、艦長殿がたを夕食にご招待したいと申しておりますがいかがでしょうか」
ゴメスに意見を求めようとすると無言で頷かれた。イオは……ちょっとそんな期待に満ちた目でこっち見ないでくれ。ニケが自立行動できるようになる以前であれば船に留守番してもらわなくてはいけないところだったが、ニケが艦を保守できる今なら連れて行ってもかまわないか。
「……わかりました。ご招待にあずかろうと思います」
「おお! それではどうぞこちらへ」
ゴメスがついてきてくれるならフォローはしてもらえるかもしれないけどさて、どうなるだろうか。
比較的損傷の少ない南の風号の甲板後部から階段を二層ほど下りて案内されたのは、しっかりとした内装の食堂だった。灰色のテーブルクロスが掛けられた大きな長テーブルや控えめに装飾の施された椅子などは先ほどまでいた甲板の惨状を忘れてしまいそうな優雅さを感じさせる。すでにこちらが三人で向かうことは伝えられていたのだろう。パガン船長のぶんとあわせて四人分の会食の用意は整っていた。副長さんは船の修理の指揮を執る必要があって席を共にすることは出来ないということだった。
「おお! お待ちしておりましたぞタクミどの!」
「パガン船長、このたびはご招待いただきましたことに感謝いたします」
「なんのなんの! タクミどのは私どもの命の恩人ですからこれくらいは当然のことですな! 船の上のこととて食事は簡素なものしかありませぬが、その代わりといってはなんですが秘蔵のワインがありますでな! ぜひとも今夜は共に楽しみましょうぞ!」
「ぬおお! それはもしやブルゴーの年代もの! アッシの前の船にいた給料じゃあ何年分……ひーふーみー」
「おおお! やたー! いい酒だー!」
「ゴメス、イオ……喜びすぎだよ。羽目を外さないでくれよ」
「ほっほっほっ。喜んでいただけるなら招待した甲斐があるというものですな」
会食は和やかに進んだ。出された食事は柔らかいパンに白いチーズとステーキ、サラダに煮魚とたまねぎのスープと果物の盛り合わせという内容で、ゴメスが耳打ちしてくれた話によると普通の船では幹部クラスでも一度の航海で一度だせるかどうかという取っておきだろうということだ。特に船上で煮た魚とスープが出されるのは珍しいという。いまだニケ号は保存食が中心だったので感動もひとしおだ。
こちらは三人が並んで、パガン船長はそれに対するように一人で座ってはいるのだが、彼はこちらの食事の様子を見ながら会話を振るのも話題を発展させるのも上手くて微妙な沈黙が降りるというようなことはなかった。さすがは商人ということか。
「ほっほっ。後ほど従者殿たちのぶんのお土産もお渡しいたしましょう。それにヒスパリス料理はまだまだこんなものではありませんぞ。我らの国においでなさったときには私どものおすすめの店にご招待いたしますよ」
「それはありがとうございます。彼らも喜んでくれることでしょう」
「おいおい提督さんよぉ、ガラエキアの料理だって負けちゃいないぜ? アッシの故郷の料理だって絶品だからよ、こっちも期待しててくれや」
「それはぜひとも期待させてもらうよゴメス」
パガン船長とゴメスはなんだかいい笑顔で牽制しあっているようだ。さてこれは隣国人として張り合っているだけなのか、ほかにも含意があるのかどうか。
「あーうめぇわこの酒! なぁなぁ、この酒ってどこのだ?」
「……」「……」
「あっこら、イオ……」
「その酒はフラン王国のものですぜ。アッシの国のガラエキアからみたらヒスパリスのさらに向こうの国でさあ」
「我々の国でも作られてはおるのですが、悔しいことにワインではあの国のものが一段上の評価を受けていましてなぁ。特にこのブルゴーの上級酒にはいやはや、とてもかないませぬよ」
「おー! てーとく! フラン行こうぜフラン! 酒買い込もうぜー!」
「うん、そのうちな? だからちょっと今は空気読んで?」
もともと酒に弱いこともあってそれほど飲めるわけではないが、秘蔵というだけあって供されたワインはたしかにすごく美味しかった。よくソムリエがワインを評価する文章を読んではこれは言いすぎじゃないのか? と思っていたのだが。ワインを口に含めば脳を歓喜の香りが突き抜ける。たしかにこれは安いワインなんかとは別物だなと思わずため息が出てしまう。
美味しいワインのおかげもあって賑やかな食事のあと、皆で食後にゆっくりとワインを楽しんでいるとパガン船長が話しかけてきた。
「そういえばタクミどのは精霊使いだったんですなぁ。貴族ではないとは仰りますが、さすがあのような大きな船を任せられるようなお方は違いますな」
「精霊使い、ですか? そういえば昼間にもそのようなことを仰っていましたね」
「昼間に甲板で見せていただいた、あの赤い精霊のことですとも。ふむ、もしやお国ではこちらとは別な言い方をなさっておられるのですかな?」
「ええと、実はこの精霊……ニケと出会い、懐かれましたのは船を任されてからのことでして。正直なところいまだによくわからないことが多いのですよ。ニケ、出てくれるか?」
『はい提督』
ふよ、と俺の胸からでてきたニケの端末は座っている俺の右上の空中で制止する。いい機会だからこちらの世界やこの周辺地域での精霊というものの一般的な認識を確認できればラッキーだな。
「パガン船長は精霊のことについてお詳しいのですか? 私としましてもこのニケのことはそのうちに調べなければと思っていたところなのです。よろしければご存知のことをご教授いただきたいのですが」
「いえいえ、私も詳しいというほどのことではなく噂や話に聞いたものばかりではありますがね。なんでも世の中には稀に精霊に愛されるものがおるそうで、力の弱い精霊であれば姿は見えませぬが危難や不運を避けるようにささやくような導きが得られるのだと」
「へえ、興味深いですね」
「もっと力ある精霊ですと目に見えるようになるそうで、歴史に残る大精霊との邂逅ではなんと人の姿をとり言葉を発することの出来る精霊もおったとか。ニケどのとおっしゃいましたか? タクミどのの精霊もこうして我々にも姿が見えるうえに会話までできるということは、そうとうのお力を秘めておられるのやもしれませんなあ」
「……ニケにはとても助けられています。我々がこの少ない人数で放浪を余儀なくされたあとでは、じつのところこのニケがあの艦の操船を担っているのです」
「おお、な、なんと……! 他の船員が見られないことが不思議に思っていましたが、そのような強力な精霊が導く船とあれば納得ですなぁ」
「ゴメスは幽霊船だと思ってものすっごくビビってたよね~にっしっし」
「うへっ勘弁して下せえよ嬢ちゃん、精霊が動かす船なんて聞いたこともなかったんでさぁ」
「ほっほっ、たしかに人も乗っておらぬのに動く船など見かけたらこの私であってもまずは幽霊船を疑ってしまいますとも」
「はははは、誰かを怖がらせてしまうのは本意ではないのですけどね。……例えばの話ですが、精霊のことについてより深く知りたいと思ったときには、このあたりで言えばどこにいけば調べられると思われますか?」
「ふむ、そうですなあ……。聞く話によると昔から森のエルフたちは精霊と縁が深いと言われております。大きな森林には木の精霊が住むと言われていることもあるのでしょうな」
「エルフですか。私の従者にもエルフは居りますが寡聞にしてそのようなことは聞いたことがなかったですね」
「あの神官の女性の方は肌の色からして海エルフでしょうからな。精霊と共にあるといわれるエルフはヒトとの交わりを避けるように結界の奥に住まうとか。はるか昔に分かたれたという海エルフや、国を造りヒトと交わるエルフたちとはなにかが違うのでしょうな」
「ほほう、このあたりにはエルフの国というのもあるのですか」
「ああ、ご存知ありませんでしたか。このあたりでいえば中央大陸の北にある妖精王の島といわれるアルブレア島を治めるのがエルフの国王様ですな」
「妖精王の島に、エルフの国王様ですか。それはなんとも興味深い国ですね」
ニケはたぶん普通の精霊とは違うのだろうけど、名付けの結果精霊に近しいものになっているとしたら、もしかしたら精霊のことについて調べればその秘密の一端がわかることがあるかもしれない。
「あー、提督……あっこは提督が多分いま想像してるような国じゃあないですぜ」
「ふふふ、エルフといえばお伽話にもよく出てきますからなぁ。しかしあの国の王族とはいいましても、今のあの国は二百年ほど前にかつて中央大陸から攻めあがったゴール王国の一貴族が立てた国でしてな。お伽話の国のような無垢なる国ではありませぬ。むしろ進取の気性に富み、積極的に海外へ進出する列強国ですよ」
「おかげで同じように海上交易で稼ぐガラエキアやヒスパリスとは衝突が絶えねえ。食えない商売敵ってわけでさぁ」
「おおう、それはまた……手強そうな国なんだね」
「ええ、えぇ。その通りですとも。島の呼称のゆえんからなのか、かの国には精霊の逸話や伝承も多く残っておるそうです。もしかしたら精霊のことについて詳しい情報があるのかもしれませぬが……。また一方であの国は王族がエルフということで精霊については定期的に多くの探索者を使って求めるようなこともしておったそうです。あの国のやり口からすると、ニケ殿のことを知ったならば強引な手段で確保しようとするかもしれませぬな。お気をつけられたがよろしいでしょう」
『……ワタシは提督以外のかたに仕える気はありません』
「おお! なんともはやタクミどのは愛されておられますなぁ」
「従者の皆もそうですが、私には過ぎた精霊です。いつも本当に助けられていて感謝にたえませんよ」
「ふふふ、ご謙遜を。しかし……そのようなお方だからこそ、なのかもしれませぬな……。そうそう、タクミどの、精霊の船などに縁が出きたのはなにかの僥倖、こちらが落ちつきましたらぜひとも一度そちらのニケ号を見学させていただきたく……」
その後もさまざまな話題で会話が弾んだが、まだまだ必要な作業が残る船にあまり長い間お邪魔してもよろしくないだろうとワインがなくなるころには切りあげて自艦へと戻った。
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「で、なんだってアッシだけを呼び止めたんで?」
「貴方はタクミどのの昔からの部下というわけではなく、ガラエキアのかたでしょう? その貴方はあのタクミどのをどう見ておられるのかをお聞きしておきたいとおもいましてな」
「……なにか企んでるんで?」
「まさかまさか! 国のことを思えばぜひとも一度お招きしたいという気持ちがあることは否定しません。しかし私は恩知らずではありませぬ。救っていただいた方に対して不埒なことは考えませぬよ」
「それならいいんだけどよぉ。アッシも提督に救われた身だ。恩は返してえからアンタにいやなもん感じたら提督にチクるぜ? ……正直なところ、船乗りとしては未熟もいいとこだし船長としても甘ちゃんさ」
「見るべきところはない、と?」
「いいや、これがそうじゃねえんだ。なんて言ったらいいのか……あの提督さんはアッシらの常識や普通の考えかたとは違うものを知ってるような気がする。そして俺たちには見えないものを追い求めてる気がするんだ。それはどこか、はるか遠くから流されてきたからなのかも知れねえけど。あの船も従者さんがたも精霊だって尋常じゃあねえ。だからきっとあの提督さんは普通じゃねえものの見方をしてるあのままでいいんじゃねえかともおもうんだよ」
「……それでは、貴方はこれからどうなさいます?」
「アッシは……俺ァ、できることならもうしばらくあの提督さんを見ていたい。どう見ても普通じゃねえ奴らが集まってるなら、それはきっとこれからそいつらのとこで何かが起こるって言われてるようなもんだからな。もしも、クラーケン退治がまだまだ序の口なんだとしたら……。きっとあの男はまだみたことのねえとんでもねえ景色を俺にみせてくれるかもしれねえ。そう思えばワクワクしちまうんだ。俺があの提督さんについていくとしたらそれが理由さ。
それに、俺にはもう息子がいねえ。もしも息子が生きていたなら、そしてもしも孫がいたとしたら、あのくらいの……。いや、これはいまは関係のねえことか。
……さあ、俺は話したぜ。今度はこっちの疑問に答えてもらいてぇな。アンタは何の意図があって俺に提督の話を聞こうと?」
「ほっほっ。そう怖い目で睨まないでいただきたいですな。……実は私も同じような印象をいだきましてね。あの海賊の頭のときの、まるで初めて人を殺したかのような振る舞いと、彼に持たされている戦力がどうにも釣りあわない。それがとても不思議でした」
「あぁ、まぁな。あの提督さんきっとあれがはじめての殺しだぜ」
「やはりそう見ますか。……私はある歴史書の一節を思い出していました。『時代が流れだそうとするときには英雄を必要とする』というものです。それは時代が必要とするものの元には、時代を動かすために自然と多くのものが集うということでもある」
「あのひよっこの提督さんが英雄になると?」
「さあ、それはまだわかりませぬ。ですが、すでにあれだけの力が彼の元に集ってしまっている。そんな彼がこの海に流れてきた。そして私もそんな彼に助けられた。ならばもしやこの私も、英雄になりうる彼に必要とされるもののひとつなのではないか、という思いが疼いて仕方がないのですよ」
「……商人ってのはもっと打算的なもんだって思ってたんだが?」
「ほっほっほっ。商人の中にも金だけをみるものと、金の輝きの向こうに何を見ることが出来るかにこだわるものの二種類がいるのですよ。私もこの歳になってこのまま朽ちるのもよいかと思っていたのですが、なにせ金は墓の下には持っていけませんからな。まあなんとも厄介なことに、それは本質的には成功よりも破滅の可能性を大きく孕んでしまう商人の在り方であることもわかってはいるのですがね。ただ、それでも彼を支えることで見られるものがあるとしたら……。あなたも普通の商船乗りでなく、どうしようもなく冒険を望んでしまう船乗りだったのではないですかな? ガラエキアのアントニオ・ゴメスどの」
「……知ってたんかい? だがその名前についてくるあれこれは今はいらねえ。アッシは今はただのゴメスさ」
「なるほどなるほど、ではそういうことにしておきましょう」
「で、カネの向こうの景色が見たいアンタはこれからどうする?」
「それはもちろん、望んでしまった以上はそれを見られるように動くことになるでしょうな」
「ふん、なるほどな……。たしかに提督は、これから動きまわるときには港に残って動ける奴も必要だとは言ってたぜ」
「ほうほう、それは嬉しい話ですな。ますます疼きが大きくなってしまう」
「だが、話を聞いたからってアッシは無条件でアンタの味方はしないぜ?」
「それはもちろんですな。私は私なりに役に立つところをお見せしませんとね」
「ならいいさ。……ふん。お互い、いいトシして息子、いや孫みてえな歳の男に懸けることになるなんてな?」
「ほっほっほっ。仕方ありませぬ。これも縁というものなのでしょう」




