水飲み鳥は言ったのさ
私の町の古道具屋には、水飲み鳥が置いてあります。
赤いくちばしに黒いシルクハットをかぶる水飲み鳥は、売り物ではありません。
古道具屋の店長は言います。
「こいつは喋るのさ」
水飲み鳥が喋った相手が、持ち主となるそうです。今は、古道具屋の店長が持ち主なのです。
私は、喋る水飲み鳥とどうやって出会ったのか気になって、店長に教えてもらいました。
「あんたはよくこの店に来てくれるお得意さんだからなぁ・・・。特別だぞ?」
俺は若いころ、会社員だったんだ。
昔は要領が悪くて仕事も遅くて、いつも怒られていてな、残業ばかりの毎日にうんざりしていたよ。
夏のある夜、俺はいつも通り夜遅くまで残業して、家に帰る途中だった。帰り道にまだ営業している屋台を見つけてな、俺はずっと残業してたから腹が減ってたんだよ。夜は屋台で済まそうと思って、屋台の暖簾をくぐったんだ。
「ようおやじ、まだやっているかい?」
「やってるよ。お客さん、ずいぶん疲れてるね」
「残業続きでね、まいっているよ。酒もくれ」
酒を飲みながら料理を食べ、会社や上司の愚痴をぶつぶつ言ってたな、確か。そんな俺の耳に、子供の声が聞こえたんだよ。小さな男の子の声だ。
『お兄さん死ぬよ、このままじゃ。仕事を変えなきゃ助からないね』
そん時は、疲れすぎて幻聴が聞こえたのかと思ったね。無視しようと思ったんだが、『死ぬ』なんていわれたらなぁ。無視できないわな。
「おやじ、なんか言ったか?」
「おれは何も言ってねえぞ」
「なんか、子供の声が聞こえてね。やっぱり疲れてるのかね?」
俺は笑いながら、酒をグイっと飲んだ。
『お兄さん、僕の言うこと聞かないと本当に死ぬよ?』
気のせいにしたいのに、それから屋台で飲み食いしている間はずっとその子供の声がした。
俺は気味が悪くなってさっさとその屋台から退散したよ。死神にささやかれているようなもんだろ?
それから普通に生活してたんだが、その声が言ってたことがどうも気になってね、また屋台を見つけたから思い切って、おやじに聞いてみたんだよ。
この屋台に来ると、このままだと死ぬって言う声がする、ってな。
そうしたら、おやじはずっと無表情だったのに、それを聞いた瞬間カッと目を開いたんだ。その後、深いため息を吐いて、「次はお前か」って呟いたんだ。
俺は何がだ、と聞きたかったんだが、おやじが急に後ろ向いてね、棚に置いてあったコップと水飲み鳥を出したんだ。
「その声はこの水飲み鳥だ。こいつが飽きるまで、せいぜい話し相手になるんだな」
俺はおやじから、その水飲み鳥を受け取ったよ。
俺はその水飲み鳥を持って、家に帰った。
家に着くと、水飲み鳥はぺらぺらと喋り始めたよ。なんでも、水飲み鳥は気になった人間にだけ話しかけて、飽きるまで話し相手になってもらうと決めているらしい。
話し相手にするには、会社勤めは駄目らしい。一日中、話したいそうだ。俺は水飲み鳥の指示通りに会社を辞めて、古道具屋を始めた。それから毎日、こいつの話し相手さ。
話すことは世間話とか過去話だな。水飲み鳥のやつ、結構長生きらしくてさ、知らない話とかを勝手に話すぞ。さみしがりの老人を相手にしてると思ってくれたらわかりやすいかな。
私が店長の話を聞いた数日後、水飲み鳥は古道具屋からいなくなっていました。新しい人を見つけたそうです。お次の話し相手は若い女性でした。話し相手は全員未婚の人なんだそうです。店長にどうしてか聞いてみたら、こう答えくれました。
「水飲み鳥は言ったのさ、『伴侶なんていたら、僕にかまってくれないだろ』ってな」
私はなるほど、と思いました。そういえば、店長は独身でしたね。