推理合戦2
今のところ順調。誰一人として俺の考えを否定できず、口を閉ざして黙り込んでいる。
浜田は一瞬だけ視線を腕時計へと向けると、ゆっくりと焦らすかのような速さで真相となる推理を口にし始めた。
「さて、こいつの証言が嘘でなかったとすると、やはりそれはそれでいくつか矛盾が生じる。まあ最初に説明した通り、雷雨の中どうして二階にいる男女の争ってる声が聞こえたのかってところだ。
この疑問に対する俺の答え。それは、容疑者である男は『鳥』だったから二階で争っている男女の声が聞こえたってものだ」
「………………は?」
誰もが聞き間違えたと思ったのか、驚いた様子で動きを硬直させる。
隣でどこかそわそわと浜田の話を聞いていた音田も、この時ばかりは他の参加者同様唖然とした表情で固まった。
「なんだ、思ったより反応悪いな。すぐに反論が返ってくると思ったのによ。まあ要するにだ、この散歩していた男は死んだ女の部屋の隣に住んでいた鳥のことで、鳥ゆえに人間なら聞こえないような音にも気づくことができたし、階段で犯人とすれ違うこともできた。知ってるか? 鳥って結構聴覚が優れてるんだぜ。聞こえる音の領域なんかは俺達よりも狭いらしいが、遠くの音や小さい音を聞く力は鳥の方がはるかに高い。で、この容疑者が鳥である以上、人を絞殺したりなんかは出来っこねぇよな。よって男は冤罪、無実であるってのがこの問題の解答ってわけだ」
自信満々に浜田はそう言い切り、「じゃあ俺が優勝ってことでそこの優勝賞品貰ってっていいか」と司会者に聞いた。
* * *
(どうしよう、浜田君が壊れてしまった)
隣でウサギの被り物をして意味不明なことを話している友人を、音田は唖然と見つめていた。
被り物をしているせいで彼がどんな表情をしているのかは分からないが、声のトーンからいつになくテンションが上がっていることが伝わってくる。普段はどんなことが起こってもわれ関せずといった態度を崩さないはずの浜田の変貌。まさかとは思うが推理大会で優勝するよう自分が余計なプレッシャーをかけてしまったことが原因なのか?
浜田の回答に対し参加者たちが抗議の声を上げ始める中、音田は一人、無意味に苦悩していた。
「男の正体が鳥だっただと? そんな馬鹿な話があるわけないだろ!」
「なんでだ? 別に男の正体が人間だと明示されてたわけじゃないだろ。男が人間であると考えて話に矛盾が生じるのなら、それ以外の可能性を模索するのは自然なことじゃねぇのか」
「も、模索するにしたってもっと現実的な考えがいくらでもあるだろ!」
「現実的な考え? 例えばなんだ」
「それは、その……男の聴力が人並み外れてよかったとか……」
「ふん、ものすごく詰まんねぇ解答だな。それが仮にこの問題の答えだったとして面白いと思うのか?」
「この際面白いかどうかは問題じゃないだろ! 男の正体が鳥だったなんて答えよりはるかにこっちの方がましだ!」
鳥の巣のような髪型をした金田一風の男の発言に、他の参加者も同意するかの如く反論の声を振りかざす。やれ「雷雨の音は大したことがなかった」だの、「被害者の声が死ぬほど大きかった」だの。
だが、そんな大ブーイングにひるんだ様子もなく、浜田は飄々と抗議の声を受け流す。そして彼らが声を張り上げ続けるのに疲れたころを見計らい、それらの反論を一蹴する言葉を放った。
「あ、お前らどうしても被疑者の男が人間だってことにしたいらしいが、そりゃ無理だぞ。さっきもチラリと言ったんだが、今回の男の証言には音の問題以外にもう一つおかしな点がある。それは、部屋に戻る際に不審な男とすれ違ったって話しだ。
男が自室に戻った際には隣の部屋の扉が開いており、争う声も止んでいた。とするとだ、どう考えても男が階段ですれ違った不審者は女を殺した犯人ってことになる。わざわざ不審者なんて証言したってことはアパートの住人でも宅配業者でもなかったはずだしな。
だが、男がすれ違った不審者が犯人だとすると、それはそれで明らかにおかしい。不慮の事故だったのか計画的なものだったのか知らないが、女を殺した直後に逃亡したんだったら証拠も残ったままのはずだろ。もしそんな間抜けが犯人だったら、隣の部屋の男に容疑なんか向かずさっさと真犯人を逮捕してたはずだ。加えて、いくら殺人を犯してパニックになってたとは言え、その犯人も本能的に人に見られたら不味いってことぐらい分かるだろう。なのに女の隣人と思わしき男にガッツリと姿を見られながらも危害を加えることなく逃亡。結果としてポンコツ警察はたくさん残っていたであろう証拠に気づくことなく、証言の怪しさから真犯人を見逃し隣人を逮捕した――って、いくらなんでもありえねぇだろ。先に隣人の男が無実だと証明したのと同じく、もし被疑者が人間だったとしたなら犯人も警察も死ぬほど頭が悪いって結論になるんだよ。
だが、もし被疑者の男が人間ではなく鳥だったのなら。真犯人が階段で隣人とすれ違ったにもかかわらず何もしなかったことも、そもそも姿を見られるようなへまをしたことにも説明がつく。『鳥に見られても問題ないと思った』だけのことだろうからな。
さて、まだ被疑者の男が人間だったなんて言う固定観念から抜け出せない馬鹿はいるか?」
人を見下したような浜田の発言。ただでさえ突然飛び出したとんでも推理に興奮していた参加者のボルテージは、この挑発を受け更なる高まりを見せていった。