推理合戦1
「――残り一分です! いまだ解けていない人も最後まで諦めずに頑張ってください!」
司会から残り時間が告げられる。
その声を聞いた音田は焦った様子で浜田に迫った。
「浜田君、もう時間がないですよ! もう答えは分かってるじゃないですか! まだ何を考えることがあるんですか! 早く私達も答えを言いに行きましょうよ!」
「まあ焦んなって千夏。ちゃんと優勝してやるからよ。俺を信じて待ってろ」
「で、でも、もう私たち以外だとあそこの全身真っ黒い服で包んだ不審者さんしか残ってませんよ。こういっては何ですが私たち以外の皆さんが既に解けてしまっていることからも、さっき私がたどり着いた回答で間違ってないと思います。だから早く――」
「不審者さんって、俺たちの方が十分に不審だろ。と、そろそろだな」
浜田がそう言うと同時に、司会が時間終了の合図を鳴らした。
「では、そこまで! 第一問目の回答を締め切りたいと思います。数名ですが惜しくも解けなかった人がいるようなので、まずは軽く解説を行いたいと――」
「ああ、解説は不要だ。今から俺が真相を話して、この推理大会は終了になるからな」
唐突に、浜田は司会の言葉を遮った。
* * *
やはり、動いた。
結局時間切れになるまで動くことのなかったウサギ男。
まさか本当に分かっていないのか疑問に思い観察を続けていたら、橘自身も解答を言いに行く機会を逸してしまった。
これはまずい、何とかしなくてはと思った矢先、ついにウサギ男が言葉を発したのだった。
「さて、今ここにいる全員が俺を頭のいかれた馬鹿だと考えてるかもしれねぇが、俺がふざけてるわけじゃねぇってのはすぐに理解させてやるよ。まずそれを証明するために、そこにいる正解したつもりの奴らがなんて答えたのか当ててみせようか。
正解は『真実の罪』で、その理由は雷雨の中で男女の争う声が聞こえるわけないから、だろ。因みに雷雨の中でも聞こえるほどの大声だっていう説もなくはないが、限りなく低い。激しい雨が降ってるんだからまず窓を開けたりしていないはずで、その分音は外に漏れにくくなっていたはずだ。加えてこの容疑者は階段で不審者とすれ違ったと証言している。つまりこいつの部屋は二階にあり、必然的にその隣の住人である殺された女性も二階に住んでいることになる。激しい雷雨の中、窓も閉まりしかも一階でなく二階で言い争っている男女の声が男に届く可能性はどれほどかって話だ。よってこの男は嘘をついており、嘘をつくということは犯人に他ならないって結論になる。どうだ、俺の答えは間違ってるか?」
ウサギ男の問いかけに対し、誰一人として反論を呈するものはいない。
それは彼の答えが間違っていないことを雄弁に語っており、それと同時に彼の話を遮ることができなくなった瞬間であった。
「どうやらここまでの俺の主張は認めるってことでよさそうだな。じゃあ、どうしてこの答えが間違っているのか、そして真実は何だったのか今から言っていくぞ。
まずこの答えが間違っている理由だが、『あまりにも犯人が間抜けすぎる』ってのが理由だ。だってそうだろ? 激しい雷雨の中で被害者の争っている声が聞こえるなんて、こいつはどれだけ耳のいい奴なんだと誰だって不審に思う。そんなガキでもわかるような嘘を犯人がつくと思うか? 仮に殺害してパニック状態だった時に警察が来たのならあり得なくもないが、この犯人には最低でも一日は自分で考える時間があったんだ。そもそも死体の第一発見者になっている時点で、警察が来ても自分が捕まることのない準備ができたと考えたから通報したはずだろ。なのに、こんな誰だって不審に思うような嘘をどうして犯人がつく? そんなの、こいつが犯人なんかじゃなかったからに他ならないだろ」
ウサギ男は両腕を広げ、反論できるものならしてみろと言ったポーズをとる。ホームズやポアロに仮装した参加者らが、小説内の彼らなら絶対にしないであろう表情でウサギ男を睨み付ける。
しかし、本題はこれから。確かに今の彼の説明に矛盾は存在せず、証言した男が犯人ではないという言葉に現実味がついてきた。でも、まだこれだけでは男が冤罪であるとは言い切れない。『絶対に嘘だと分かる証言をあえてつき、ウサギ男が考えたような結論に警察を誘導しようとしたのではないか』という否定に対応できないから。
この後ウサギ男が提唱する、真実の物語。それがどんな物語なのか、橘は目を輝かせて待ちわびていた。