推理開始
ゲーム開始の合図と同時に、今司会が読み上げた文章を載せた紙が参加者に配られる。音田は問題文をじっと睨め付けながら、唸り声をあげた。
「むむむ、情報がかなり少ないですねぇ。たったこれだけの文章からお隣さんが犯人かどうかを証明するのはかなり至難だと思われますが、浜田君は分かりましたか?」
「ああ」
「ですよねー。さすがに浜田君でもそんな一瞬で解けたりはしませんよね――ってわかったんですか! いくらなんでも早すぎでしょう!」
耳元でぎゃんぎゃんと喚きたてる音田をうるさそうに手で追い払いながら、やる気のない声で言う。
「んなことねぇよ。ちょっと考えればこの文章に明らかに変な点があるのが分かるだろ。別に俺に限らず、もう何人か答えに気づいたやつがいるみたいだしよ。ほれ、あの鹿撃ち帽被ってパイプ吹かしてる奴なんてもう答えを言いに行ってるぞ。お、髭が妙にピンと跳ねあがってるちっさいオッサンも動き出したな」
「ああもう焦らせないでくださいよ! 私が見逃してるだけですっごく分かりやすいヒントが書いてあるってことですよね。あと一分以内に見つけ出して答えを導き出してやりますとも」
「ま、せいぜい頑張れ。俺ももうちょっと深く考察しとくからよ。……もしかしたらこの問題で、決着をつけられるかもしれねぇし」
浜田の意味深な呟きは、ウサギの被り物に阻まれ音田には届かなかった。
* * *
「――よーい、スタート!」
開始の合図を聞くと同時に、橘は参加者の様子を窺った。
スタッフから問題が書かれた紙が渡されるが、特に目を通したりはしない。第一問目ということもあるだろうが、わざわざもう一度問題を聞かずとも分かる程度のレベル。すでに答えは出来上がっていた。
だが、橘にとって重要なのはこの問題を誰よりも早く解くことではない。優勝して李のお宝写真をゲットすることである。そのために大事なのは、ライバルとなる参加者のチェック。自身と同程度の推理力を持った人物がいるのか。いたとしたらどうやってそいつを蹴落とすか。
橘の思考は、すでにこの問題から遠く離れたところへと旅立っていた。
と、そんな橘の目に、一際異様なカップルの姿が映った。
推理大会に参加する人たちなだけあり、ほとんどの参加者が有名な探偵や刑事、または犯罪者のコスプレをしている。その中にあって、あまりに異質な格好をしたウサギの被り物を被った二人組。
いくら仮装会場とは言え、着ぐるみを着て動いている人は滅多にいない。まして頭だけ着ぐるみを被り後は私服といったその姿は、この場においても十分不審者として映る異常なオーラを纏っていた。
さらに彼らの怪しさを際立たせているのは、その組み合わせがひどく不均衡な点だ。一人は身長が一八〇を超えるであろう長身で、腕や足も太く筋肉質な男。もう一人は身長が百四十程度でスカートを穿いた小柄な少女。
顔が見えないため断定できないが、体格だけ見ると親子にも兄弟にも見えないため、まるで変質者が子供を誘拐しているようにさえ見える。とはいえ少女の方に逃げる気配が一切ない所を見るに、本当に誘拐されているわけではないのだろうが。
まあ、何にしてもとにかく怪しい。そして、かなり侮れない相手のようだ。
この場にいる誰もが問題文の書かれた紙を渡されると、真っ先にそれに目を通した。だがこのウサギの被り物男だけが紙に一切目を通すこともなく腕を組んだままだった。もちろん隣にいる子供の付き添いで、自分では全く考えるつもりがないだけかもしれない。が、この異様な出で立ちを合わせて考えると、油断することはできない。
徐々に解答に気づいた人たちが司会の元へ答えを伝えに行くのが目に映る。
橘はそれらのモブを気にも留めず、ウサギ男を見つめていた。