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推理合戦4

「この推理大会は仮装会場にある催し物の一つで、それゆえに開催時間には限りがある。決められた時間を超えたらまた別のイベントが計画されており、時間延長で続行することはできないんだ」

 黒ずくめさんはそう話を切り出した。対する浜田君は完全に聞きの姿勢。とはいえ相手に少しでも隙ができたらすかさず攻め崩そうという気迫も感じる。おそらく彼の脳は今とんでもない速さで動いていることだろう。

 音田は自分が完全に蚊帳の外に置かれたことを感じ、二人の戦いを静かに見守ることに決めた。

「そうなると、今回のように一問に時間をかけすぎるなんてことは御法度だ。はっきり言ってそれだけで推理大会が成り立たなくなる。だからウサギ男さんがやった行為は一見ただの妨害行為以外の何物でもないように思える。しかし、ついさっきまでの状況を考えてみてほしい。皆が皆、どんな推理が正しいのか、どんな推理ならより現実味が高まるのか、どうすればウサギ男の推理を論破できるのか。参加者それぞれが自分のプライドをかけてウサギ男さんを倒そうとした結果、非常に素晴らしい盛り上がりを見せていた。これはある意味、推理大会の趣向が少し変わっただけであり、イベントとしては大成功と言えるんじゃないか。

 勿論そんなわけないと思う人もいるだろうけど、大事なのは運営側がどう判断するかだ。もし運営が今のように考えていたとしたら。ウサギ男さんは推理大会終了時刻まで自分の推理が論破されないように粘り、『自分こそがこの盛り上がりを作った張本人であり、誰にも論破されることのない推理を導いた人物である。ゆえに優勝は自分こそがふさわしい』と名乗り出る。まあ普通なら推理大会を滅茶苦茶にした人物を優勝させたりはしないだろうけど、この会場は少し違う。多少場が荒れようとも、結果として盛り上がったのならそれでよしと考える大らかさを兼ね備えている。現にここのスタッフや司会は誰も軌道修正しようとせず、それどころか皆ウサギ男さんの思惑に乗る形で推理を楽しんでいたからね」

 この言葉を聞き、参加者の多くがスタッフ及び司会へと目をやった。注目の的となった彼らは、少し照れたように頭をかくと、「そういう展開にも成りえたかもしれませんねえ」と黒ずくめの言葉を肯定するような発言をした。

 黒ずくめはその言葉に深く頷くと、ゆっくりとしたペースで話を再開した。

「信じられないと思う人もいるだろうけど、以上が彼の推理大会攻略法だ。運営が乗ってくるような面白い推理を披露して時間を潰し、総合的に見て優勝に相応しい人物として運営から判定勝ちをもぎ取るっていうね。

 でも、本当に凄いのは、彼が時間切れを狙うために導き出した『被疑者=鳥』であるとしたあの推理だ。ほとんどの人が被疑者が『鳥』だったなんて、何を適当なことをと思ったかもしれないけど、これは非常によく練られた答えなんだ。

 被疑者の正体が鳥だから無罪なんて推理、あまりにもツッコミどころが多くて現実味にかける。こんな答えを聞いたら誰だってまともに反論なんてする必要が無いと考える。だからその反論として、普通なら絶対に正解だとは考えないような『男の耳が滅茶苦茶優れてる』とか、『雷雨の音が大したことなかったんじゃないか』なんていう特に根拠も何もない推理で対抗してしまうことになる。だけどこれはまさにウサギ男さんの狙い通りの展開。参加者の誰もが、被疑者が人間ではなかったということを否定するように仕向け、その上で人間であったならおかしなことになるという理論を挑発を交えながら展開する。これによって、ありきたりな推理では彼を論破できないと考えた皆は、当初は絶対に考えることすらしなかった荒唐無稽な推理を繰り出すようになってしまう。いや、それはもう推理とは呼べない、子供がするような屁理屈をね」

 心当たりのある人ばかりでしょ? と言いたげに黒ずくめの男は全員を見回す。

 誰もかれもがその視線を恥じるように顔を背けた。

 それもそうだろう。ついさっきまで実際に馬鹿げた屁理屈や、あり得るわけないだろう下らない妄想ばかりが飛び交っていたのだから。

 黒ずくめの男は、さらに浜田の目論見を丸裸にしていく。

「こうなればもはや優勝したも同然。この先に登場する推理は、被疑者が人間以外の何かであることを前提としたもの。もしくは鳥だとしたらおかしいであろう問題文との矛盾を突いたいちゃもんだけなんだから。で、鳥であることによって生じる矛盾をつくのは、まあいろいろとできるかもしれないけどそもそも前提が狂っている以上決定打となる矛盾をつくことは不可能。被疑者が人間でも鳥でもない何かだと考えるのも、その時点でかなり無茶苦茶な理論を掲げなければならず、結果としてウサギ男さんの二番煎じのような解答しか生まれない。

 この状況になった時点で、今大会の行く末は実質二つに分けられる。一つは推理大会がまともに行われなかった以上、優勝者なしで今大会はいわば中止という体裁で終了する。もう一つは、運営側も考えていなかったような斬新な推理を導き出し、結果として推理大会を大いに盛り上げてくれたウサギ男さんを優勝として幕を閉じる、というもの。ウサギ男さん以外の参加者は前者を希望するだろうけど、運営側としては優勝賞品のこともあるし盛り上がりもしたから後者を望む可能性が高い。それに、今こうして僕が説明してしまっている真実をウサギ男さん自身が述べたのなら、より優勝する確率は高くなっていたでしょうしね」



 *  *  *



 意外と楽に優勝できそうだと錯覚していた過去の自分をぶん殴りたい。

 浜田は黒ずくめの男を睨み付けながら、自身の甘さを呪っていった。

 新たな策を考える時間稼ぎとして黒ずくめに好き勝手喋らせていたが、完全に裏目に出た。こちらの意図を見破っているだろうことは予測していたため、今更話の内容に驚いたりはしない。問題は、話の主導権が完全にあちらに移り、口を挟む余地がないということだ。

 このまま語らせるのは不味い。相手のゆっくりとした話しぶりを見るに、狙いは俺がもともとやろうとしていたのと同じ時間切れだろう。だから何とかして一度話の流れを取り戻し、再度俺の推理を語る必要がある。だが、どうやって奴の話を止めればいいのか方法が思い浮かばない。

 浜田は動揺を悟られないよう体の震えを抑えながら、黙って黒ずくめを見つめ続けた。

「ここまでの説明で、ウサギ男さんが本気で優勝を狙ってたってことと、しかもその目論見がほぼほぼ成功しそうになっていたことは分かってもらえたよね。まあ、僕がそれらを全て暴いちゃったからご破算になったわけだけど」

 黒ずくめは挑発するような言葉を浜田に投げかける。

 浜田はその言葉にも一切反応せず、沈黙を守った。

「うーん、どうやらウサギ男さんはまだ反撃作戦を思いついてないみたいだし、このまま僕のターンを続けさせてもらおうかな。

 さて、僕がウサギ男さんの作戦を見破ったことで、状況は振出しに戻ったと言える。トリックを見破られた犯人を優勝にしようとは、運営側も考えないだろうからね。因みに、ウサギ男さんについで優勝が最も近くなった人物と言えば、彼の計画を暴いた僕だと思うけど、流石に優勝させるには物足りない。何せ本来の問題に対しては、ウサギ男さんの推理を超えるような案を何一つ出してないんだからね。

 と、いうわけで。今から僕が導き出した、この場にいる誰もが満足するような解答を述べたいと思うんだけどいいかな。この推理に皆が満足してもらえたのなら、その瞬間僕が優勝ってことで文句はないだろうしさ。ウサギ男さん、いいのかな? もし僕を止めるチャンスがあるとしたら、今この瞬間が最後だと思うんだけど。何か言っておくことはない?」

 自身の勝利を確信しているのか、黒ずくめは余裕をにじませた声で聞いてくる。

 他の参加者も浜田が何と答えるのか興味があるらしく、息をひそめて彼の言葉を待つ。

 そんな緊迫した静けさが十数秒続いた後、ついに浜田は口を開いた。

「――お前、確か女装コンテストを見に行ってなかったか? しかも最前列で準優勝になった女、いや、男を写真で撮りまくってた気がするんだが」

 この場にいる誰もが予想もしていなかった話が急に飛び出し、全員が呆気にとられた表情に変わる。黒ずくめの男もこの質問は流石に予想していなかったのか、少し動揺した様子で答えた。

「確かに僕は女装コンテストの会場にいたけど、それがどうかしたの?」

「いや、どうもしてねぇよ。ちょっと気になったから聞いてみただけだ。俺の質問はこれだけだから、どうぞお前の推理を語ってくれて構わねぇぞ」

 堂々とした態度で腕を組み、話の続きを促す。

 事ここにいたっては、もはや逆転できるような策はほとんどない。少なくとも黒ずくめがこれから語る推理の内容を聞かないことには、反論のしようなど一切ないのだから。

 しかし、そんな中でもただ一つ、唯一黒ずくめを倒せるかもしれない可能性(切り札)を信じ、浜田はただ黙って待つことを決めたのだった。


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