本屋さんと浜辺の乱痴気騒ぎ
本屋さんは皆で海に来ていた。
葵や一郎ら人魚書店のバイト達に、くれはや真島と言った同人活動の知り合い、ヒカルやお兄さんら幼馴染み、キリコやお兄さんの養女とその彼氏と言った会ったことがない人々。
とにかく友人知人の和を広げた大人数で海に来ていた。
数十人の大所帯で真夏の大洗を独占しているのだが、この時点で気付くべきことに読子は気付いていなかった。
「久々の海はいいわね」
「店長も偶にはこうして外に出ないと拗らせますよ」
葵は出会いを求めて砂浜に走り出していったが読子は真夏の日差しを浴びて横になっていた。
いつものように目元は前髪で隠れているが服装は当然水着である。上下の黒ビキニは艶のある黒髪と白い肌によく合っていて、誰かに誘われてきていた高校生達もじろじろと眺めるほどである。
一郎の同級生か、それともお兄さんの娘の同級生か。どちらにしても久々に感じるえっちな目線は体に毒である。こんな風に見られたら興奮してしまうから。
「神代さん、久しぶり!」
「ちょっと?! くっつかないでよ人吉さん」
読子がえろい視線に酔っている脇では百合の気がある女子校生が久々にあった友人を押し倒している。押し倒された子の彼氏なんかは「やめなよ」と言ってはいるが、水着姿のふたりの絡み合いに興奮しているのが丸わかりだった。
さて可愛いバイト達はどうしているかなと読子は体を起こす。きょろきょろと見回すと、最年少の一郎がなにやら上手くやっているようだ。
「霧子さん、やっぱり無事だったんだね」
「あれくらいじゃどうってことないよ。でもあたしのこと、憶えててくれたんだね」
「当然じゃないか。言っただろう、一目惚れだって」
「でもそろそろ向こうから帰ってだいぶ時間もたってたし、それに別れる前にキミには……」
「その点は俺も申し訳ない。結局霧子さんみたいな素敵な人にはまだ出会えていなくて」
「仕方がないなあ。今回は特別に、あたしが一日だけ一郎の女になってあげるよ。ここの人たちは夫婦ばかりだし、独り身じゃ一郎も寂しいだろう?」
「いいの? 嬉しいけれどたしか霧子さんって旦那さんが……」
「今更そんなこと、気にすることはないさ。菱夫は確かに秋山霧子の旦那さんだけど、これは元住民のキリコとして元咎人の一郎とお付き合いするって事だから」
話の流れに任せて一郎はキリコに口づけして抱きついた。
その様子を心の男性器を勃起させながら読子は遠目に眺めて、ついに一郎くんも大人の階段を登るのかと感慨深く胸を熱くさせていた。
そんな結果、油断していた読子は後ろから来た二人に驚いてしまう。
「なに黄昏れているのよ」
トン! っと背中を叩かれた読子は「ひゃん」と叫ぶ。
「ヒカルちゃんに壬生先輩じゃない」
壬生先輩とはかつて読子が憧れていた幼馴染みのお兄さんである。
今では作家だったり執事だったり、亡き友人と片想いをしていた人との間に生まれた娘を引き取って戸籍まで偽装をして父親として育てるなど、色々と事情があるアラフォーお父さんである。
そんな彼を今でも読子は心のどこかで諦めきれていなかったりするし、老化が止まった読子に似て外見は若々しいので二人で並べばお似合いだったりもする。
「久しぶりですね本屋さん。ですが、今はいろいろあって神代性を名乗っているので、その名は出来れば……」
「いいじゃないか、ユーくん。どうせ壬生の名も捨てるどころか作家稼業の方でアピールしているんだし」
「そう言われてもケジメというモノが」
ヒカルと壬生のやりとりを見て読子は少し妬いてしまう。
お互いにこの二人は相手を異性として見ていないとはいえ、どこかお似合いに見えるからだ。
「やっぱりヒカルちゃんと先輩ってお似合いね。似たもの同士というか」
「冗談キツいよ読子ちゃん。そんなんだからいつまでもユーくんを落とせないんだよ。ユーくんだってあの女にゾッコンだったからスルーしてただけで、読子ちゃんがユーくんのことを好きだって知ってたくせに」
「いや、その……今でも好意を持ってくれているのは嬉しいですが、私が誰かと交際すると言われたら娘も困るだろうし」
「エリスちゃんだって充分大人だし、今日だって彼氏と乱痴気二毛作なんだぞ。あの子もユーくんの事はよく知っているし、祝福してくれるハズさ」
「ヒカルちゃん!」
勝手にヒカルが気持ちを伝えたことに読子は赤面した。髪の毛を傾かせて読子は自分の頬まで隠し、その仕草が傍目には可愛らしい。
「まったく、アナタもデリカシーがなさ過ぎますよ。そんなんだから三十過ぎても処女を拗らせているんです。座間くんとか新田あたりをつかまえて身を固めた方がマドカのおじさんたちも安心しますよ」
「全部阿澄に惚れている連中じゃない!」
壬生が口にした二人はヒカルの事務所ではある意味で看板娘である阿澄に惚れている人物である。
阿澄自身は別の男性に夢中でこの日もその男性にべったりと寄り添っている。そんな阿澄をこの二人は嫉妬の炎を燃やしながら見つめていた。
「とにかく読子ちゃんとユーくんは一緒になりなさい。これは命令よ」
「命令って───」
強引なヒカルに困惑した読子は周囲を見回したのだが、いつの間にか周囲はそれどころじゃなくなっていた。
か細く息を殺しながら喘ぐ声、息を荒げた呼吸音、何かを擦る音、汗やらの体液が飛び散る音。
そんな雑音が浜辺を支配していたからだ。
友人に押し倒された子はいつの間にか彼氏を加えた三人で体を重ねているし、一郎はキリコという船で大人への航海を開始している。
阿澄は憧れの人を押し倒していてその様子を悔し涙とともにおかずにする男性が二人。くれはは真島とイチャイチャしているし葵はいつぞやの覗き魔に襲われている。
葵はさすがにヤバい状況ではあるが異様な雰囲気にテンパった読子はそれに気付かなかった。
雰囲気に流されるまま膝で座り、壬生の水着を読子は下ろす。
「先輩……私達も……」
壬生は珍しく顔を赤くしたが読子には逆らわなかった。
最後まで進んで壬生が前髪をかき分けてキスをしてきたのに対して「直接見つめられたら恥ずかしい」と読子は気を失った。
浜辺で発情した他の人たちも同じ頃にはみな気絶して浜辺に寝そべっていた。
「はれ?」
気がつくと読子は店の座敷で目を覚ました。
真夏なのにエアコンが止まっていて汗でびっしょりである。
夢の記憶はおぼろげではあるが、憧れだったお兄さんとえっちなことをしたのは強烈に憶えている。あの行為は夢の中の話でありながら口の中には彼の熱さがまだ残っている。
「変な夢を見ちゃったなあ。葵ちゃんが言うように、男日照りを拗らせたのかしら」
今ではこの店の外に出られない読子にとって、憧れの人と寝ることよりも前提のシチュエーションが夢のような夢だった。
いつの日かこの呪いが解けたら、皆で海に行きたいなと読子は枕元に置いてあった大洗海水浴場のパンフレットを眺めた。




