本屋さんと子役あがり
ノガミ大学は都内にある。
そのため地方から上京する人達とは別に最初から都内在住の生徒と言うのも当然ながら多い。
今回の中心である「安野乗木」もまた後者の生徒の一人だった。
「ごめんください」
丁寧な挨拶をして、一人の女性が人魚書店の暖簾を潜る。黒髪の長髪で毛先までケアされている彼女の髪は艶めかしい。
彼女の名は安野乗木と言い、安野某という映画監督の娘である。父の影響で芸能活動をしており、同級生達からはお嬢様、安野嬢と言った呼ばれ方をしていた。
伊達に芸能人と言うだけあり彼女の存在感は小さな店内でも目立つ。ただ慣れた学生達は「お嬢様が本屋に来るなんて珍しいな」としか感じていない。
「どうかしましたか?」
「人伝に聞きました。人魚姫の魔女と呼ばれている方はいますか?」
応答に出た読子は「自分がそうだ」と言いかけたが、んぐぐとこらえた。直感で素直に動いても彼女には良くないと感じたからだ。
「んぐぐ───そのことですか。たまに勘違いして来る人がいるんですが、そんな人いませんよ」
「芸能人を茶化さないで。私の情報ではここの店主が人魚姫の魔女だってことまでは突き止めているんだから」
「そういうとですか。とりあえず奥でお待ちくださいな」
「最初からそう言えば良いのよ」
高飛車な態度を取る乗木を読子は座敷に通した。
座敷に上がった乗木は先程までは加減していたとばかりにふんぞり返り、まるで早く来なさいと急かしている様子である。
そんな彼女を読子はお茶を出した途端になじった。
「粗茶ですが───ところで、先程は芸能人を茶化すななんて大見得を切っていましたけれど、そのわりには誰が店主かまではわからないなんて情けない情報網ですね。アナタ、安野さんよね? タイガードラマとか見ていましたよ」
「ええそうよ。アナタも私のファンかしら?」
「───またの名を『ゴリ押しの安野嬢』───」
「な!!!」
最初は子役時代をほめた読子に嬉しそうに微笑んでいたが、その後に言った侮蔑に乗木は顔を赤くした。
あくまでネット上で使われている悪意のある呼び方とはいえ、その渾名は今の彼女を的確に評価していた。
子役時代はコネと年齢のわりに器用だったことで大人気となった乗木も中学生になるとめっきり仕事が無くなっていたからだ。
そんな彼女のセカンドブレイクを狙ってか、大学入学前から芸能事務所や父の後押しで猛プッシュをされ「子役から美少女への羽化」として売り出されてから一年半、そんなゴリ押しされる彼女の評判は上がるどころか落ち始めていた。
子役時代の器用さなど大人になれば通用しない。エゴだけが肥大化した彼女の曇った心では役者としてもテレビタレントとしても二流と言う言葉すら怪しいほどに力不足である。
「ネットで悪評が結構たっているけれど、あなたも薄々感づいていたのでしょう? それはそうよね、あれだけプッシュされていてもいまいちいい評判は聞かないし」
「あなたに何がわかるというのよ」
「確かにわからないわね。でも、だからこそあなたが人魚姫の魔女を求めたことくらいならわかるわよ」
ズカズカと普通なら言いにくいことを正直にいう読子に対して乗木は次第に威勢を失っていく。最初こそ虚勢を張っていたが、次第にその気力がそがれて言ったからだ。
読子のような態度を取られたことなど乗木には初めてである。文字通りにお嬢様として芸能界でも守護された立場だった彼女に面と向かって批判できる人間はおらず、視聴者の反応だけが彼女への不快感を示していたのだから。
「私はみんなに期待された通りにやっているだけなのに……なのになんで! なんで私ばかりあれこれ言われなければいけないのよ。私は悪くない、悪いのは私をうまく使えない奴らの方よ」
「全部が全部アナタが悪いなんてわたしも言わないわよ。でもね、ドツボにハマって抜け出せないのは確実にアナタの問題よ」
「アナタも私に責任を押し付けるのね」
「いい加減にしなさい!」
読子は軽く乗木の頬を叩いた。痛みで少し冷静になった乗木は泣き出して、その姿には学校内でも浮いた存在である芸能人安野乗木の面影はない。いるのは我儘を叱られたとも、やりきれない仕事に潰れそうになって癇癪を起したとも言える一人の少女だけ。
「辛く当たってごめんなさい。でもここまで強引にやらないとアナタのその性格は治せないわよ」
「ひっく」
「本当なら根気よく丁寧にトリート(言葉)で解決するべきだけれど、それに免じてあなたの望み通りにトリック(魔女の力)を使ってあげるわ。今日の事は忘れてしまうでしょうけれど、今日のことがどれだけ響いたか。それでアナタの今後は左右されるから」
泣きじゃくる乗木のおでこに手を当てると、読子は魔女の力を発動させた。
それからしばらくの時がながれるとノガミ大学から「お嬢様」は姿を消していた。芸能人であり生徒である安野乗木は居るが、今の彼女を「お嬢様」と腫物扱いする人はもういない。
「安野さんって変わったよな。前はテレビでもゴリ押しされて、学校に来てもどうだ凄いだろと肩肘張っていたのに」
「そうそう、出しゃばらなくなったわよね」
「思い返すと子役の頃って芸の細かさがすごかったのよね彼女。今はそのころのよさが戻って来た感じね」
刻み付けた説教を代償に行った性格改変が功をそうしたことで女優安野乗木は一皮むけていた。
あのままゴリ押ししか取り柄がないままだったら、落ちぶれた子役崩れの一人に彼女はなっていたであろう。
テレビでの活躍が次第にネット上での悪評もかき消していく。その様子に読子は上手くいったなとほほ笑む。
「ここ一年くらい心配していたけれど、うまくわたしのところに来てくれて助かったわ。一時期干されたあたりから危惧していた通りの問題だったし無事に矯正できて」
子役安野乗木のファンだった一人の女性は女優への変貌を嬉しく思いながらテレビ越しの彼女を眺める。
どういう訳か妙に気に入っていた子役、それが道を踏み外しそうになっていた姿を正せたことに読子は身勝手ながら満足感を得て微笑んでいた。




