残留思念Ⅱ
「そういえば、仕入れ屋、変わったんだってさ」
「いつもは大層結構な礼服着ていたのに、今日来てみたらさぁ、出稼ぎの浮浪者に変わってたんだよ」
「まあ、浮浪者。大都市でも草葉の陰で生きる子がいるんだねえ……」
「まあまあ、大都市の浮浪者なんて大概魔王みたいに嫌われて勇者に退治されて封印されたっていう感じだから、大都市の中に身を隠すしかないんだよ」
「きみ、さてはさては公女さまから渡された話で例えようとしたか?」
「公女さまったら、文字を覚えて未来に備えた方がいいと、狭い書庫から本を取ってはわたしたちに配るんだ」
「公女さまは大層素晴らしい聖者さまなんだな」
「まあ、公女さまはそれはそれは素晴らしい──……」
「あ、おはようございます! 本日のお努めを果たしてくださり、きっと女神さまも私たちを見て喜んでくださっているわね」
「あ、あ、ああ、なぁんだ」
「れ、レイじゃないか。お、お祈りは済ませたのかい?」
「ええ、もうずっと前に。それよりどうかしたのかしら? 私の顔になにかついているかしら?」
「あ、ああ、いや、きみが、その……髪を束ねておめかしをしているなんて珍しいから、さ」
「そう?」
「あ、あ、ああ、レイ! 今日は中のお務めを担当してくれ。わたしたちは外回りをしてくるさ」
「ええ、行ってらっしゃいませ!」
足早に立ち去る勤め人の背を眺めながら、レイは首を横に振り、慣れない足取りで床を鳴らす。
いくつかの季節が巡る前、フレアがせっかく用意してくれた、大切な日に着る為のいわゆる『お色直しした衣装』を何故か着れなくて、その理由を知りたくなくて、目に入れた衣装を目の当たりにして恥ずかしがってフレアを酷く『絶望』させてしまった。
そして、潮の香りを運ぶ贈呈品が贈られたその日、やってきたのは礼服を着た人ではなく、白いローブを着た若い男たちだった。
憎みながらも、まだ心を捨て切れないのか。心があるからこそ、憎むのか。その昏い情の理由を私は知っている。だからこそ、私は『お色直しした衣装を身にまとって』生活することにした。
今まで私は拾われた子として白い衣装を身にまとっていた。これは存外質素で動きやすくて、何より染める工程が要らないからと怠惰的に愛用していたし、余った革を継ぎ接ぎしてつくった服も丈夫で動きやすいから、これまた怠惰的に愛用していたけれど、これがあやまちの始まりだったなんて、知らなかった。
だから、私は最上の舞台に立って、野ばらと夜で満ちた装飾をはためかせて歩いてやるんだ。
今更ひとりふたりあんなふうに敬遠されても構うものか。だって、もう『望みが絶たれた』なんて言って欲しくないんだ。
私にとって、生きる理由なんて、もうそれだけで構わないんだ。
ねえ、きっとわたしは、どこまでいっても、のばらのように、ちいさなはなをさかせることしかできないけれど、わたしのいちばんすきなはなは、のばらなのよ。
だから、あかいばらにばかりみとれていないで、あしもとをみていてほしいんだ。
のばらがかれるまで、ただ、みていてほしいんだ。のばらがかわいらしいはなだとしるそのときまで、その瞳で、みつめていてほしいんだ。
『こんな人生だからこそ、手に入れたものがあるのだから!』
***
《私は、決して赦さない》
革を継ぎ接ぎした衣服を身にまとい、慰みばかりを強要され、憐れみばかりを賜わる人生を送るしかなかった。
生きる為の手段として合理的で計算的だ。戦略として間違っていない。だからこそ、私は赦さない。
ただ、生きるためだけに戦略を身に付けるしかできなかったあの子が、それでも誇らしく生きている事が。
あんなにも澄み切った眼差しを向けてくるから。
あんなにも真っ直ぐな瞳を向けてくるから。
「……弟を守るのは姉の役目だから。自分は守る人間で守られる側ではない」と、勇敢に、果敢に、命を投げ捨てて歩む。
「君のそういうところ、悪い癖だと思うよ」
どんなに襤褸を羽織ろうとも、決して揺るがぬ眩い光。諦めたはずの者に希望を与えた勇ましいその背中。
「笑っていてくれたらいいんだ、レイ」