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瀬戸内君と今野ちゃん

クラスで一番小さい今野は、俺にとってはとても大きい

 自慢じゃないが、俺はわりと完全無欠の人間だと思う。

 成績は、常に学年上位だし、小学校から続けているサッカーではずっとレギュラーのポジションにいる。手先だって器用だし、顔だって周囲曰く「イケメン」らしい。

 女子の扱いは苦手だが、それでも俺に好意を抱く女性は常に一定数がいて、前の高校ではファンクラブなるものまで、存在した。

 間違っても俺は、今のように「残念」キャラ扱いされるようなキャラじゃなかったんだ……この高校に転校して、今野舞子に出会う前までは。


 今野舞子と出会った瞬間のことは良く覚えている。

 親の転勤に伴う、転校。

 きっとこの学校でも、前と同じような人間関係を築いて変わらない日々が続くと、俺は信じて疑ってなかった。

 案内された席に足を進めている途中、俺をじっと見上げる瞳に気が付いた。

 第一印象は小動物みたいだな、というものだった。

 小さな体でちょこんと席に座りながら、今野舞子は黒目がちの瞳をきらきらと輝かせて、俺を見上げていた。

 可愛らしいが、特別、際立った美人というわけではない。それなのに、目があった瞬間、俺の胸の中は激しくざわめいた。心臓が、どうしようもなく煩い。


 こんな気持ち、知らない。

 この感情は、一体なんだ。


 湧き上がった感情が理解できずに、取りあえず気を落ちつけようと眼鏡を押し上げた瞬間――うっかり体勢を崩して、そのまま体勢を崩して近くの席に向かって派手に突っ込んでいったのだった。


 その日以来、ついた渾名が「残念王子」

 それでも、これ一回だけだったら、すぐにそんな不名誉な渾名は収まっただろう。

 だけど、こんな失敗は一度だけじゃなかったんだ。


 先生に当てられて、今野がこちらに視線をやる度、盛大に舌を噛み。

 合同体育のマラソンの時間では、応援している今野の姿が視界に入った途端、派手に転倒し。

 家庭科の時間は、今野が後ろを通っただけで、どうしようもなく動揺して包丁で手を切った。


 知らない。知らない。こんな俺は、知らない。

 こんな、残念過ぎる自分なんて、俺は知らない。

 なんでだ。分からない。

 どうして俺は、今野の前でだけは、いつも普通でいられないんだ。


「――お前さあ。頭良い癖に、実は結構バカなんだな」


 そんな俺の疑問に答えをくれたのは、同じサッカー部の友人の大林だった。


「どうして今野の前だけって……それは、お前が今野のことを尋常でないくらい、意識しているからだろ」


「……意識?」


「だから、今野舞子が好きなんだろ? 瀬戸内」


 好き?

 俺が、今野のことを?


 その答えはあまりにすとんと胸に落ちて来て、俺をひどく動揺させた。

 誰かに恋をするだなんて、考えた事も無かった。

 俺は女は苦手だったし、恋なんかよりサッカーや勉強の方が大事で。

 いつか、恋に落ちるとしても、それはずっとずっと先のことだと思ってた。

 それなのに。こんな風に突然、目があっただけで真っ逆さまに転がり落ちるような恋を、俺がするだなんて。


「おうおう。顔真っ赤にさせちまって。頑張れ。青春野郎。部活に支障が出ない範囲でな」


「大林……お前、俺に衝撃の事実気がつかせといて、他人事か」


「だって、他人事だもーん。……まぁ、お前の一番の友として、応援はしてやるよ」




 今野に恋をしていると気がついても、状況は好転することはなかった。寧ろ悪化した。

 俺は相変わらず、ただ今野の存在を感じるだけで動揺して、まともに会話をすることすら出来なかった。ましてや、好きだなんて、言える筈がない。

 代わりに、毎晩のように今野の夢を見るようになった。


 夢の中では、現実と違って、俺はまともに今野と話せた。

 話して、好きだと口にして……その小さな体を抱き寄せて、キスすることだって出来たのに。

 目が醒めた瞬間、いつもどうしようもなく虚しくなった。夢と現実との落差が辛くて仕方ない。

 辛くて、いっそ諦めたくても、恋というのは厄介な代物で、一度火がついてしまえば、そう簡単におさめることはできない。寧ろ、日を追うごとに恋心は増々募っていった。




 強くなる想いと、いつまで経っても縮まらない距離。

 それが、ある日突然0になった。




「おーい。瀬戸内。また色々拗らせてるみたいだけど、ちゃんと部活には集中しろよ」


「分かっている……大丈夫だ。今野は部活中だから」


 美術室で、美術部の活動を熱心に行っている今野は、部活中はまず見掛けることはない。

 それが分かっているからこそ、部活中は変な雑念に惑わされず、以前のような俺でいられる。

 サッカーはいい。練習に打ち込んでいると、今の苦しい状況を全部忘れられる。

 ただ、一心不乱にゲームのことだけを考えられる。


 そう、思っていたのに。


「瀬戸内君、頑張れー」


 遠くから、小さく聞こえてきた声援。

 それは、そこにいる筈がない今野舞子のもので。

 頭の中が真っ白になった。


「瀬戸内‼……っの、馬鹿‼」


 焦る大林の声と共に、頭に感じた激しい衝撃。

 どうやら、サッカーボールが脳天に直撃したらしい。

 そんなことを、脳の片隅で冷静に分析しながら、俺の意識はブラックアウトした。




「……ちょっとごめんね、瀬戸内君」


 そんな声が、すぐ傍で聞こえた。


「……今、野……?」


 目を開けた瞬間、すぐ傍に今野の顔があった。


「……良かった。瀬戸内君、目を……」


「なんだ……また、いつもの夢か」


 夢じゃなければ、こんな風に近くに今野がいてくれる筈がないもんな。

 俺はいつものように、手を伸ばして、今野の小さい体を抱きしめる。

 今野小さい体は、すっぽりと俺の腕の中に納まった。


「瀬戸、内君?」


「……何で夢の中でしか俺は、お前の前で、ちゃんとできないのかな……」


 いつだって、現実では格好悪い所を見せてばっかりだ。

 想いを伝えることすら出来ずに。


「…好きだ、今野……初めて、見た瞬間から、ずっと好きだった……」


 そう言って、そっと触れるだけのキスを今野の唇に落とした。

 ……柔らかいな。

 ん? 夢の中って、いつもこんなに感触がリアルだったか?

 おかしい。よく見ればここは、学校の保健室のベッドじゃないか。

 そうだ。……俺は確か、サッカーボールを頭にぶつけて気を失って……それから。


「―――うわあああああああああ!!!」


 これがいつもの夢ではなく、現実だと気が付いた瞬間、俺は今野を突きとばしていた。

 小さく軽い体は簡単に宙に浮いて―――しまった、今野が危ない‼

 咄嗟に手を握って、今野が怪我をすることだけは防げたけど、すぐに今野と手を繋いでいる現実に気が付いて慌てて手を離した。

 顔が、どうしようもなく、熱い。


「ご、ごめん、今野…てか、え、え、え、夢じゃ、ない? 俺、え、え、え」


 ど、どうすればいい⁉

 寝ぼけて、いきなり抱きついてキスをしたなんて、謝っても許されることじゃない。

 犯罪だ。強制猥褻罪だ。どう考えても。

 ああ、どうしよう。どうしよう。

 今野に、嫌われる……!!



 完全にパニックになる俺を、今野は黒い瞳で見上げながら、こてんと首を傾げた。


「えと、その……ごちそう、様でした?」

 

「――――――っ‼‼‼‼!」


 俺は、声にならない奇声をあげて、その場から走り去ることしかできなかった。




「おお。瀬戸内。戻ったか。感謝しろよー。俺のおかげで今野と保健室で二人きりになれたんだから」


「大林ぃぃぃ!! お前のせいか!!!」


「ちょ、おま、え」


「いいから、殴らせろ‼ お前のせいで、俺は、俺はあああああ」


 ……ああ、明日から。どうやって今野と顔を合せればいいんだ。

 俺は大林に八つ当たりをしながら、頭を抱えた。



「おはよう。瀬戸内君……ちょっと、話があるんだけど、いいかな?」


 一睡もできずに、学校へ行った翌朝。今野は真っ先に俺の元に来た。

 俺にはその言葉が、処刑宣告にしか思えなかった。

 まるで幽霊のような足取りで連れられて行ったのは、同じフロアにある空き教室。


「……っごめん‼ 今野。 謝っても、許されることではないけど、本当ごめん‼!」


 教室に入るなり、俺は先手必勝とばかりにその場で土下座した。

 自分でも身勝手だと思うが、もし今野が俺を責める為にこの場に呼んだのだとしたら、と思ったら先に謝らずに入られなかった。

 俺は今野から……好きな子から、罵倒され拒絶されることが耐えられなかったのだ。


「そ、そんな土下座なんてしなくていいよ。瀬戸内君」


「でも……」


「ほら、立って立って」


 ああ……こんな卑怯で勝手な俺にも、今野は優しい。

 思わず、鼻水が滲んできたのを啜りながら、俺は今野に促されるがままに立ち上がった。

 だけど、立ったはいいが、まともに今野の方を見られない。


「気にしないで。瀬戸内君。私、全然気にしてないから」


「今野……」


「それより、瀬戸内君……あの時、言ったことって、本当?」


 あの時、言ったこと?

 脳内に、強制わいせつ罪を行った決定的瞬間の記憶が蘇る。


『…好きだ、今野……初めて、見た瞬間から、ずっと好きだった……』


 かあ、っと顔が熱くなった。

 それと同時に、目の前の視界が滲んだ。


「……ごめん。今野。本当……」


 ああ……なんで、俺がここで、泣くんだ。

 泣きたいのは、好きでもない男に無理矢理キスされた、今野の方だろう。

 そう思うのに、勝手に涙が零れて止まらなくて、俺は眼鏡を外して袖で目を拭った。


「ごめん、今野……好きで……ごめん……」


「何で謝るの? 瀬戸内君」


 眼鏡を外した俺の目は、すぐ近くのものしか見えない。

 そんな俺の裸眼でもはっきりわかるくらいの近さで、今野は下から俺の顔を覗きこんだ。

 その距離に驚いて、思わず涙が止まった。


「私、嬉しかったのに」


「え……」


「言ったでしょう? ご馳走様って」


 言われた言葉の意味が分からず固まる俺に、今野は精一杯背伸びをして涙が滲む俺の目尻にそっと口づけた。


「……可愛くて、時々格好いい瀬戸内君が、私は大好きです。だから、私と付き合って下さい」


 ……俺は、夢を見ているのだろうか。

 こんな俺にとって、都合が良い現実、本当にあるのだろうか。

 疑う脳とは裏腹に、正直な俺の体は気が付けば今野を抱きしめていた。


「俺も……俺も、今野が大しゅきですっ‼!」


 そして、また、大事な所で舌を噛んだ。


 ……なんで、俺って奴は、こういつもいつも……!!


「……ふふふっ、やっぱり、瀬戸内君は可愛いなぁ」


 だけど、今野はそう言って笑うから。


「私、瀬戸内君のそう言う所、本当大好き」


 そう言って、俺を抱きしめ返してくれるから。


 落ち込んでいた筈の俺の顔にも、自然と笑みが浮かんでいた。




 クラスで一番背が小さい今野舞子は、何というか色々大きい。

 ――多分、俺は一生敵わない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでてポカポカしました。 面白かったです!
[良い点] スッゴいきゅんきゅんしました^^ [一言] こんな話書けるようになりたいです
[一言] 口から砂糖が大量ですよ‼ 末長く幸せになれ馬鹿野郎ですよ‼
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