追い立てられる文芸部(9)
日曜日、芽衣子は都からの電話で起こされた。時計を見るとすでに昼である。
「おはよう」
『まだ寝てたん? ねえ、宿題やった?』
「まだよ」
『一緒にやらない?』
「いいけれど、少し待ってね」
そう言って電話を切ると、床に落ちていた淡いグリーンのシャツと黒のゆったりしたズボンに着替える。
顔を洗って朝食を食べていると、チャイムが鳴った。母と話す都の声がする。
芽衣子の家と都の家はあまり離れていない。小さなころからほとんど家族ぐるみの付き合いだった。だから二人がお互いの家を行きかうのはいつものことである。
「来たよ」玄関から呼ぶ声がする。
「部屋に行っていて」
芽衣子はそう言って、トーストをかじった。
ベーコンエッグとサラダとコーヒーを時間をかけてお腹に収めると、芽衣子はいそいそと部屋に戻った。
「お待たせ」
扉を開けると、都が散らかった床に座ってスマホに何か文章を打ち込んでいる。
「待ったよー」
「何? ツイート?」
「いや、小説のアイディア」
都は小説を書くのだ。太宰治と少女小説のファンで、一年の時は『走れメロス』を少女小説っぽく書くというのに挑戦していた。
「今度は何?」
「まだ、内緒だよ。でも、夏休みには書きあげるつもり」
「頑張るわね」
「ナーさんだって詩を書いてるじゃない」
「そうだけど、私の詩はいつ出来るかわからないから」
「焦らず行こうよ。で、『瀬文』出そうね」
文芸部の公式同人誌の名前が出て、芽衣子はちょっと唸った。
「今年はコピー本かしらね」
コピー機で印刷してホッチキスで綴じる作業を思い起こす。
「費用のことだよね、ナーさん。でも、五人集められれば部費が出るから印刷所で刷ろうよ」
生徒会から各部に割り当てられる部費の額は基本的にクラブの構成人数で決まる。その部費が出る最低ラインが五人であった。そして、実は金額の配分を決めるのが今度のクラブ代表者会議の目的なのだ。
「そうねえ。部費が出れば後は私たちの手出しで何とかなるけれど」
「卒業した先輩たちにも『コピー本になりそうだね』と言われたけど、ちゃんとやろう」
「そのためにも部員集めなのよねえ」
「そういうこと。頑張ろうよ」
「その前に、まずは宿題を頑張るかしらね」
芽衣子は鞄を開けて問題集を取り出した。