追い立てられる文芸部(7)
数日が過ぎた。
五か所に貼ったポスターと会長の制止の前に配ったビラに望みを託して部室で待ってみたが、入部希望者は全く現れなかった。
放課後部室でお茶を飲みながら、都は芽衣子に泣きだしそうな顔でこぼした。
「どうしよう、ナーさん。この部屋取り上げられちゃうよ」
「まだ大丈夫よ、ギシさん。それにしても、困ったわねえ。私たちだけなら問題ないけど、この荷物がねえ」
本棚を埋め尽くす同人誌を眺めながら芽衣子はゆったりとした声で答える。
そう、部活をするだけなら部室はなくてもいいのだ。放課後の教室のどれかを一つ使わせてもらえばいい。問題なのは長い歴史の中で蓄積してきたこの同人誌たちと本棚やカラーボックスなどの備品である。
同人誌について言えば、もはやこれだけのコレクションをもつところはここの他にはないだろう。
ホッチキスで綴じただけの同人誌など学校の図書室だって取り扱ってはくれない。例えば二又瀬高校文芸部同人誌『瀬文』というのがある。文芸部が年一回以上発行することになっている同人誌でこれまで四十号出ている。ここ三年ほどは印刷所で印刷・製本してもらっているが、資金面などの理由でそうではないことの方が多い。だから、これが一号から全部そろっているのはここだけである。
部室がなくなればそういったものをどこかに持っていかなくてはならない。芽衣子か都が引き取ってもいいが、その途端、文芸部の伝統と言う財産がそこで断ち切られてしまうような思いが芽衣子にはあった。そしてそれは都も同じであろう。
「ナーさんはこういうときに落ち着いていて頼りになるなあ」
都が芽衣子をすがるような目で見ている。落ち着いているわけじゃないのだけれどと芽衣子は笑みを浮かべながら考えをめぐらす。
親友にまでこういうふうに見られるのは困ったものだ。
それに、こういう時に慌てないのは、小さいころからの芽衣子の役割でもある。二人でいるうちに自然と出来てしまった役割分担だ。困った時に二人でおろおろとしていても仕方がない。都が弱音を吐くときには、芽衣子が考えをまとめて策を練る。そういう役回りなのだ。
「名前だけ貸してもらえないか、クラスの人とかに当たってみたらどうかしら」
「でも、入部届は本人が担任に提出しないといけないんだよ、ナーさん」
「それにクラブのかけもちは禁止よねえ」
「クラブに入ってなくてそんな面倒なことを頼める人、そうそういないよ」
芽衣子は、とにかく話を聞いてくれそうな人の顔を思い浮かべる。
「綾香はどうかしら?」
「あの子は書道部」
「柚葉は?」
「テニス部のはず」
「こっちも郁奈は美術部だし、弥生は、図書委員なのよね。あ、未央はどう?」
「クラブには入ってないかな。でも、あまりそういうこと頼める子じゃないと思うけど」
芽衣子も未央の頑固そうな顔を思い浮かべて、「無理かな」と思ったが気を取り直した。可能性は小さくてもやってみるべきだろう。
「とりあえず聞いてみたら? 後は男子にも何人か聞いてみて」
「そうだね。まだ十日あるから、やってみる」
「と言っても、明日は土曜日なのだけどねえ」
そう、今日は金曜日。人に会って話ができるのは週明けの月曜からだ。そうなると残りは一週間ほどになる。都がスマートフォンを取り出した。
「ナーさん。私、未央の連絡先を綾香に聞いてみるよ」
手早く電話をかける。芽衣子はそれを眺めながらレディグレイを飲んだ。
「あ、綾香? ……今、いい? ……、ありがとう。未央の連絡先知りたいんだけど。……うん。部員になってもらえないかと思ってさ。……そう。そうなんよ。生徒会がねえ、……。あ、そうなん。……、そっか。……いやいや、いいよ。うん、……、え、へえ。それはいいね。……。うん、ありがとう。お願い。……、やった。……うん、じゃあね」
電話が終わった。都はほくほく顔である。
「どうしたの。ギシさん?」
「それがね。ナーさん、日本史の宿題のプリントの答えを綾香が先輩から画像で貰ってるから、送ってくれるって。ナーさんにも転送するね」
「それはありがたいけれど、未央の方はどうなったのかしら?」
芽衣子が強く尋ねると都が小さな声で答えた。
「あ、そっちはダメだった。未央って、綾香にも連絡先教えてないみたい」
「もう。問題が解決してないわよ、ギシさん」
やんわりと責める芽衣子の言葉に都がスマホを持ちなおす。
「今度は柚葉にかけてみる」
芽衣子もスマホを取り出した。
「私も郁奈にかけてみるわ」
「あ、……」
都がスマホの画面を見たまま止まる。
「何かしら、ギシさん?」
「綾香から日本史の答えが届いた。ナーさん、送るね」
「後にしてもらっていいかしら?」
「はーい」芽衣子のため息の混じった声に都は素直に返事をすると、スマホの画面をいじった。「綾香にお礼を書かないと」
郁奈への電話はなかなか通じない。芽衣子は薄い唇を軽く噛んだ。