追い立てられる文芸部(5)
翌日、朝早くの電車で登校した二人は教室に荷物を置くのもそこそこに、一年生の下駄箱のそばに陣取った。
「ナーさんはなるべく男子に渡してね。私は女子を担当するから」
「なあに。まだ『お姉さんと遊びましょ』作戦をあきらめてないわけ?」
「使えるものを使わないのはもったいないよ」
「もう、それはなしって言ったじゃない。ほら、来たわよ」
男子が二人やってきた。芽衣子だけで二人ともにビラを渡している暇はない。
「お願いしまーす」
芽衣子と都が声をそろえて、それぞれにビラを押しつけるように手渡す。
最初の客が立ち去ってから芽衣子は都に首を振って見せた。
「ね。作戦なんて言ってられないわ」
「そうみたいだね。ナーさん」
話しているうちにも一年生は次々にやってきた。二人はビラをつかんで差し出すが、一度に三人以上来ると二人では対応できない。その上、芽衣子たちが二年生であるのを知ってのことか、傲然と無視して通り過ぎる者もいる。だからといってそれに腹を立てている暇はない。一年生の流れは途切れることがない。
そうこうするうちに多くの生徒が乗る電車がついたようで、一年生集団も数十人規模になった。芽衣子はフル回転でビラを繰っては差し出し続けたが、とてもではないが全部に対応できない。それだから都が言うような相手の顔を一人一人見るなんて無理な話だった。数は次第次第に増えていき、芽衣子の差し出す手を無視して通り過ぎる者も多くなる。
目の回る思いでビラを差し出していた芽衣子の手を突然誰かがつかんだ。
「ちょっと、何をしているの?」
厳しい顔をした古賀みゆきだった。
「……ぶ、文芸部の勧誘です」
思わぬ生徒会長の登場に芽衣子は表情を硬くしてつっかえながら答える。異変を察した都が人波をかき分けてこちらにやってきた。会長は二人がそろうと顔を見較べながらきつい調子で言い放った。
「誰が、こんなことを許可しましたか?」
「許可が必要なんですか?」
都が芽衣子をかばうように立って反論する。
「演説会を開くことやビラをまくことは生徒会の許可を得なくてはならないということになっています」
古賀会長はポケットから生徒手帳を取り出してさっとページをめくって二人の目の前に突き付けた。
都と芽衣子は頭をくっつけあって小さな手帳をのぞきこんだ。そこには「主義主張について」という項目の下に「主義主張を行う際には二又瀬高校生徒としてのあるべき節度を保って行なうこと。以下の事項は生徒会の許可なく行ってはならない」として、「立会演説会を開くこと」や「ビラをまくこと」が並べられている。
「でも、これは政治的な主張についての禁止事項じゃないんですか?」
都の指摘を会長ははねつけた。
「いいえ。この項目は全ての場合について適用されます」
「このビラのことについては手塚先生の許可ももらっています」
都がなおも抵抗する。しかし、
「先生の許可は関係ありません。先生方の中には規則にくわしくない方もおいでですから、そういうふうに言われる方もあるかもしれませんが」
と斬って捨てられた。
「じゃあ、許可をください」
都は開き直ってビラを差し出す。
「許可できません」会長が都の手を押し戻した。「一クラブの存続を求めて校内を騒がす行為が、本校生徒としてあるべき節度の範囲にあるとは思えません。それに実際のところ、このビラは一年生の各クラスでゴミとして捨てられているのです。先ほど見てきました。これは資源の無駄遣いとしか思えません」
「しかしもう、刷ってしまったものですから」
「裏紙として使ってはどうですか。文芸部では紙を使うのでしょう?」
「そんな、……」
都が絶句すると、会長は腕を組んで宣告した。
「とにかく、ビラをまく行為は禁止です。そのビラを持って立ち去りなさい」
「行こう、ギシさん」
憤怒に震える都の手を芽衣子がつかんで引いた。二人で部室へと向かう。大半を配り終えないままに終わったビラが重たく感じられた。