文芸部と仕事部(3)
芽衣子たちは鞄をぶら提げて薄暗い廊下を部室に向かって歩いていた。グラウンドからラグビー部の練習する声が聞こえる。ふいに生徒会長の古賀が角を曲がって正面に現れた。古賀はどこかうつろな顔をしている。
「会長さん、こんにちは」
都が声をかけると古賀は初めて二人に気がついたかのような顔をした。
「ああ、あなたたちなの」それから何がおかしいのかふっと笑った。「あなたたち、『幽霊詩人の会』を追い返したそうですね」
芽衣子は、やはりあの黒木が「幽霊詩人の会」の人間だったのかと思った。
「会長さんはどこでそれを?」
都が油断のない様子で問いかける。
「黒木君が話しているのを聞きました。茶道部で黒木君に罵声を浴びせたとも聞いたわ」
「罵声など浴びせていません。『お勉強の方はいかがですか』とお尋ねしただけです」
芽衣子は心外だったので、反論した。
「そう。それは彼には痛かったでしょうね」
古賀の笑顔には力がない。芽衣子はその様子が気になった。
「あの、会長さん。うちの部室に寄って行かれませんか? お茶を淹れますから」
思わぬ言葉が口をついて出る。都がびっくりした顔をするが、驚いたのは芽衣子自身も同じだった。しかし、今の古賀を放っておいてはいけないという気がする。
「そうね。それもいいわね」
うなずいたので、芽衣子たちは古賀を連れて文芸部室へ移動することにした。
◆
部室棟に来ると、土曜日の夕方ですでに帰宅した部も多いのか、人影はまばらである。階段を上がり二階の三つ目のドアの鍵を都が開けて、客を招き入れる。
「ひどいわね、これは」
古賀があきれた声を挙げた。
「すいません、散らかっていまして」
都がとっさにフォローを入れたが古賀は首を横に振った。
「ちがいます。この物の多さのことを言っているのですよ。誰がこんなに棚を持ちこんでいいと言ったのですか。それにこの紙の量。ここは倉庫じゃないんですよ。それに電気ポットまで置いて。お茶を淹れると言われた時にどういうことだろうと思いましたが、まさかこんなものまであるとは思いませんでした」
「まずかったでしょうか?」
都の問いに古賀は小さく息を吐きながら言った。
「他の部室は机と椅子にせいぜいカラーボックスくらいのはずですよ。お茶はペットボトルのものを持ちこんで飲んでいるのじゃないでしょうか」
「はあ、そうですか」
芽衣子と都は顔を見合わせた。入部した時からこんな様子だったので、これが普通と思ってきたのだ。
「すみません」
都が謝ったが、古賀は意外にも怒った様子を見せなかった。かわりに力なく
「まあ、いいわ」
とつぶやいた。
「とにかく、お座りください」
芽衣子は古賀に椅子を勧めて、カップを三つ取り出してとっておきのプリンスオブウエールズのパックを開けた。
「少し匂うわね」
白檀の香りに気がついたらしい。都が言い訳をする。
「お香をちょっと焚きまして」
「隣の部から文句が来なかったの?」
「隣ですか?」
「知らなかったの? 隣と区切っているこのパネルは、換気のために隙間が少し空いているのよ」
「知りませんでした」
「全く、困ったものね」
古賀はぞんざいに言ってため息をついた。そういえばさっきから古賀は丁寧語を使っていない。気易い先輩のようだと芽衣子は思った。
お茶を出すと古賀は芽衣子の勧めるままに口をつけた。
「あなたたちも変わっているわね、私にお茶を出すなんて。黒木君にもお茶を出したの?」
「いえ、すぐにお帰りいただきました」
芽衣子は笑顔で応答した。
「そういえば、茶道部に行ったのはなぜ?」
「ちょっとした用で」
芽衣子がごまかすと古賀は言った。
「ごまかさなくてもいいわ。茶道部に部室に入る気がないと言ってほしくて行ったんでしょ。その分じゃ、情報処理部にも行ったのよね」
二人が黙っていると古賀が続ける。
「予想されていたことなの。部室から追い立てれば代わりに入ることになる部に協力を頼んで追い立てをやめさせようとするというのは」
「予想されていた? 私らが二つの部の協力をもらったことまでですか?」
都の言葉に古賀が小さく笑う。
「すごいわ、協力をもらえたのね。でも、彼らには最後の手があるのよ」
「最後の手ですか?」
芽衣子は尋ねた。
「彼らはね、絶対に勝てる手を温存しているのよ。それを使うはずよ」
「それは一体?」
戸惑う芽衣子に古賀はじれったそうに言った。
「わからない? 彼らは五人いるのよ。彼らが新しい部をつくって部室を要求すればあなたたちはここを立ち退かないといけなくなるわ」
言われてみればその通りだ、ここまで芽衣子たちが頑張ってきたことを簡単にひっくり返す手が相手にはあったのだ、芽衣子は呆然となった。
「部って、そんなに簡単に設立できるものなんですか?」
都が食い下がる。
「生徒会にクラブ設立の届けを出して生徒会が認めればクラブになれるわ。そして構成員が五人いれば部に自動的に昇格よ」
「顧問の先生は? すぐには見つからないですよね」
「顧問は適当な人がいなければ、当面生徒会顧問が兼任するの」
「え、ということは竹中が顧問」
都が嫌そうに言う。たしかに竹中が顧問の『幽霊詩人の会』なんてとんでもない集団だ、しかしそれがもとからの彼らの狙いなのだろう、と芽衣子は思った。
「連中はもうクラブ設立したんですか?」
都の言葉に古賀は首を振った。
「まだ、設立願いは出てないわ。たぶん月曜日のあなたたちの反応を見て出してくるでしょうね」
「連中の設立願いを却下してください」
都が迫る。
「出来ないわ。断わる理由がないもの」
古賀は落ち着いた声で断った。
「理由って。連中がどんな活動をしようとしているか、会長さんはご存知ですよね」
「だいたいはね。でも、彼らは表立っては問題を起こしていないわ」
「だったら、弥生たちが出した入部届を差し止めたのだって理由がないはずですよね」
「ああ、あの入部届」古賀はつぶやくように言った。「あれは先生が委員会とのかけもちなんて問題があると言ったから」
「でも、規則には違反してないですよ」
都がいうと古賀は困った顔をした。
「そうね。そのとおりよ。でも、先生が言ったことだからね。逆らえないわ」
芽衣子はその顔を見てずっと思ってきたことを尋ねてみたくなった。




