計略と文芸部(9)
紅茶をもう一杯飲んで何も起きないのを確認してから、二人は行動を開始した。
まずは後顧の憂いを絶っておきたいので顧問の手塚に不審な三年生が入部届を出してきても入部を許可しないようにお願いをする。
手塚は職員室にいた。プリント類や参考書、問題集といったものが積み上がっている自分の机で、わずかな隙間に首を突っ込むようにして小テストの採点をしている。
「すみません、手塚先生」
都が声をかけると手塚は唸りながら振り返った。
「何だ、文芸部か」
「はい、実は三年生が入部届を出してきても許可しないでいただきたいのですが」
「ほう。文芸部はもう部員が必要ないのか」
手塚ににらまれて都がちょっとあわてる。
「いえ、必要なんですけど、ちょっと変な人が入って来そうなので」
「誰のことだ?」
「あ、その、黒木という人なんですけど」
「ああ、あいつか」手塚は大きな声を出した。「あいつはまた何か良くないことをやっているのか」
手塚はもともと険しい顔をさらに険しくした。芽衣子はその顔に震え上がる一方で、ちょっと頼もしく思った。
「そんなところです」
「わかった。黒木と仲間たちだな。三年生だけでいいのか?」
手塚にそう聞かれて都が首をひねる。芽衣子も首をかしげた。そう言えば仲間とか連れとかというのが何年生なのかはわからない。何となく全員三年だろうと思っていたが、そうじゃないかもしれなかった。
「はっきりしません」
「まあ、いい。どのみち入部届が来た時点でお前たちに確認してもらうつもりだったからな。紙が来たらお前たちを呼ぶから、お前たちが判断しろ」
「はい。それでお願いします」
都が元気よく頭を下げる。芽衣子も一緒に頭を下げた。
「じゃあな。ああ、それから黒木にあったら言っとけ。中間テストの点数を楽しみにしていると俺が言っていたとな」
「わかりました」
都と芽衣子は挨拶をして手塚のもとを離れた。
廊下に出て二人はハイタッチをした。
大きな問題がひとつ消えたのだ。これが喜ばずにおれようか。持つべきものはよい顧問である。芽衣子は踊りだしたい気分だった。
◆
次に向かったのは情報処理部がいるはずの情報処理室だ。うまく交渉して「部室はいらない」と言ってもらえれば成功である。
「今度はナーさんが話をする番だね」
「私が?」
「実際にウェブのデザインをするのはナーさんだからね」
言われてみればその通りだ。芽衣子はどう切り出そうかと思案しながら廊下を歩いた。
しかし、特別教室棟の最上階の情報処理室に来てみるとドアには鍵がかかっていた。教室の中は暗く、人の気配がない。
「しまっているわ」
「こっちの部屋に灯りがついているよ」
都が隣の準備室を指した。
「誰か先生がいるのかしら」
「すみません!」
都が準備室のドアをノックすると中から銀縁眼鏡に丸顔の男性が現れた。情報科の村上という教員だ。去年芽衣子たちも情報を習ったことがある。
「おう、どうした?」
「すみません、情報処理部は今日は活動していないんでしょうか?」
芽衣子が尋ねると村上は悲しそうな顔をして言った。
「今日は休みだな」
「明日は?」
「わからないけど、しないんじゃないか。最近みんなさぼりがちだから」
村上が暗い声を出すのに合わせて、芽衣子も気分が沈んでいくのを感じたが、何とか気を取り直す。
「実はウェブサイトのデザインのお話を聞きまして、私はウェブのデザインについては経験があるのでお手伝いできないかと思ったのですけれど」
「ああ、それはいい」村上は話に乗ってきた。「実はあのサイト、部が出来た三年前に作った時から放りっぱなしでね。歴代の部長に何とかしろと言ってきたんだけど、みんなやる気がなくて困っていたんだ」
「そうですか。それで、なんとか部長さんとお話しできないでしょうか?」
「すぐにかい? ずいぶんと急だね」
「ちょっと、都合がありまして」
村上は考え込んだ。
「でも、俺、部長の連絡先は自宅の電話番号しか知らないな。それを君たちに教えるわけにはいかないからねえ」
更に芽衣子は食い下がる。
「では、部長さんのクラスとお名前だけ、教えてください。明日、こちらから伺ってお話ししますから」
「いいよ。ちょっとまって」村上は壁一面に設置されたスチール棚から、マグネットでとめていた紙を外して持ってきた。部員名簿らしい。「はいこれ。三年二組の水内京介だ」
「ありがとうございます」
芽衣子は手帳を取り出して名前をメモする。
「まあ、部長がなんというかは知らないけど、俺としてはお願いしたいね。ああ、サンプルになるようなページの画像でもあるといいと思うよ」
「サンプルですね。わかりました」
「じゃあ、よろしくな」
「はい。ありがとうございました。」
芽衣子は都と頭を下げて情報処理準備室を後にした。階段を降りながら二人で顔を見合わせる。
「そうそううまくはいないものね、ギシさん」
「大丈夫。明日頑張ればいいんだから。それより次は茶道部だよ」
「そうね」
茶道部はこの特別教室棟二階の和作法室にいるはずだ。ここについては芽衣子は都に任せるつもりであった。が、ついてみるとそうはいかなかった。




