計略と文芸部(7)
特別教室棟の角を曲がってプレハブ造りの部室棟が見えたとき、二人は異変に気がついた。階段を上がって三つ目のドアの前に男子が立っている。
「部室の前に誰かいるよ、ナーさん」
「入部希望者かしら?」
二人は急いで階段を上がった。
「あの、すみません。文芸部にご用でしょうか?」
都が丁寧に話しかける。ドアにもたれかかっていた男子はこちらを見て笑った。黒ぶち眼鏡が印象的ですっきりとした顔立ちをしており、背が高い。
「ああ、三年の黒木と言います。部室を少し見せてもらってもいいかな」
黒木という男子は二人の姿を上から下まで何かチェックをするかのように見てから返事をした。
芽衣子は嫌な気分になった。自分の外見がそれなりに男性の気を引くことがあるので、経験としてわかるものがある。こういう見方をしてくる男性とかかわるとロクなことがない。
「すみません、ずっと待たれてました?」
芽衣子の小さな変化に気づかず、都が黒木の相手をする。
「いや、さっき来たところですよ」
「見学ですか?」
「まあ、そんな所です」
「どうぞ、お入りください」
鍵を開けて黒木を招き入れた。黒木は滑るように入りこんで、室内を見回した。
「変わってないなあ」
とつぶやく。
「前に来たことがおありなんですか?」
都が尋ねると、黒木はニッと笑った。
「一年生の時に部員だったことがあるんです」
「そうなんですか」
都が喜びの混ざった声で驚く。
「また、お世話になろうかとも思ってるんですよ」
「ほんとうですか!」都が文字通り飛び上がった。芽衣子の手を取る。「ナーさん、聞いた? 部員だよ、部員!」
「なんだか最近、部員不足で大変らしいって噂を聞いたもので、ちょっと人助けをと思ってですね」
「ありがとうございます」
都が頭を下げるのを見ながら、芽衣子の心の中の嫌な感じは増して行く。
「僕の仲間と連れで五人いるから、部員不足は解消できますね」
「五人ですか?」
都は目を回しそうになっている。
「ただ、前に部を辞めたとき少し顧問の先生ともめてね、それがちょっと心配なんですけど」
「ああ、わかります。手塚先生は融通がきかない感じですからね」
話を合わせる都の袖を芽衣子は引っ張ったが、反応してくれない。
「そこを部長さんからうまく言ってもらえるといいんですが」
「わかりました。私が交渉します」
「でも、そうするとこの部屋も少し狭いかなあ。片付けたほうがいいかもしれませんね」
黒木が部屋の棚を眺めるのを見て、芽衣子は確信した。この人間を部に入れてはいけない、この人間を入れると取り返しのつかないことになる、と。
明らかに黒木は棚の同人誌類をゴミを見る目で眺めていたのだ。
芽衣子は都の前に割り込んだ。
「すみません。これから部会をしますので、今日のところはこれでお帰りいただけませんでしょうか?」
「え? ナーさん?」
戸惑いの声を上げる都を腕で制して、キッと黒木の目を見上げる。
「成田さんでしたっけ? 怖い顔しますねえ」黒木は笑顔で言った。「都合が悪ければまた来ますよ。明日はどうです?」
「申し訳ありませんが、明日は忙しいのでお相手出来ません」
「では、月曜日に来ます」
「お約束は出来かねますが」
「でも、そうしないと火曜日の会議には間に合わないんじゃないですか?」
「その時は致し方ありません」
黒木は笑顔のまま息をついた。
「まあ、そういわずに。また月曜日に来ますよ」
黒木が部屋を出る。
「さようなら」芽衣子は追いたてるように言った。
「では、また」
黒木が階段の方に立ち去るのを確認して芽衣子はドアを閉めた。
「ちょっと、ナーさん。どういうこと?」
都が芽衣子の腕をつかんで泣きそうな声を上げる。
「やつらよ」
芽衣子は吐き捨てるように言った。普段の芽衣子は決してしないような言い方だった。都が息をのむ。芽衣子はかまわず続けた。
「間違いないと思う。あれが『幽霊詩人の会』よ」
「そんな……」
言いかけて都はその先の言葉をしまった。何かが頭の中をよぎったようだ。しばらく黙って芽衣子の顔を見ていたが、次第に表情が締まって行くのが見て取れた。
芽衣子を見る目に強い光が宿る。
「わかった、ギシさん?」
芽衣子が尋ねると都は険しい顔で深くうなずいた。
「確かにね、ナーさん。あの男、あまりにも私たちについて詳しかったわ」
「それと、同人誌を眺める目よ」
「目?」
「ゴミを見る目だったわ。あの連中が入ったら部は大変なことになると思う」
「それは困るね。私らが部室を守ろうとしてるのはこの同人誌たちを守るためなんだから、勝手に処分でもされたら本末転倒だわ」
「そうなのよ」
そこまで言って芽衣子ははっとした。「でも、どうしよう、ギシさん。連中に入部届を出されてしまったら私たちには対抗する手段がないわ。それに入部されてしまったら五対二で負けるわよ」
「大丈夫だよ、ナーさん」都が落ち着いて言った。「あの男が言っていたじゃない? 入部するには手塚先生が邪魔だって。先生が止めてくれるよ」
「大丈夫かな。黒木って人だけ止めても他の四人が通れば同じことよ?」
「それも大丈夫だと思うよ。もしそれが出来るなら、わざわざここに来て私らに話をする必要はなかったはず。黙って担任に入部届を出せばいいんよ」
「そうか。そうよね」
「とりあえず座ろう、ナーさん。今すぐどうにかなるわけじゃないから」
「そうね」
二人は向かい合って腰を下ろした。座ると芽衣子はだんだんと気分が静まってくるのを感じた。
「ナーさん、落ち着いた?」
「ええ」
都が笑顔できくので芽衣子も笑顔で言葉を返した。
「思ったんだけど、先輩に黒木って男のことを質問してみたらどうだろう? たぶんあの男、過去に部員だった時に何かトラブルがあったんやないかな。」
「そうね、ギシさん。情報が必要よね」
都がスマートフォンを取り出した。
「藤本先輩でいいよね。去年の部長だったし」
「いいと思うわ」
都がメールを打ち始めた。




