計略と文芸部(2)
昼休みの終わりごろ、空の弁当箱を持って自分の教室に戻った芽衣子のもとに弥生が近寄ってきた。さては自分が文芸部員になっていないことを感じ取ったのかと芽衣子は思ったが、それは気の回し過ぎであった。
「芽衣子って、絵がうまかったよね」
「そうねえ。それなりには」
実際芽衣子は、デッサンやデザインならそこそこの自信はある。一年の芸術の選択は美術だったが、実技ではクラスで一番の評価を受けた。だが、弥生がそれをいま話題にする意図はなんだろうか。
「なんで美術部に入らなかったの?」
「ギシさんが文芸部に入るって言ったからよ」
詩に興味があったというのもあるけれど、と心の中でつけ加えながら弥生の表情を探る。弥生は無表情で切り込んできた。
「じゃあ、もし文芸部がつぶれたら美術部に入る?」
芽衣子は「うーん」と唸る。
「部室を追い出されてもたぶんギシさんは文芸部をつづけるだろうし、そしたら私も続けるわねえ。でも、なんでそんなことを?」
弥生は端正な顔でにやりと笑った。
「実は美術部が部員を欲しがっているのよ」
芽衣子はピンときた。
「また取り引きをしたわけ?」
「そう。部員を見つけたら、その分だけ労働力を貸してもらうという話なの」
「よくやるわねえ」
弥生の言動にはぶれがない。芽衣子はちょっと呆れてしまった。
「ね、考えてみない? 才能を伸ばせるよ」
「私はその気はないわよ。というか美術部は確か十人くらい部員がいるんじゃなかったかしら?」
先週、美術部員の郁奈が話していた。今年四人も一年生が入ったと言う。うらやましい話だと思っていたのだ。
「九人いるわね。でも、その中で戦力になるのは六人しかいないんだって」
「戦力?」
「ほら、体育祭が九月にあるじゃない。その戦力よ」
ああ、と芽衣子は納得した。体育祭の時、二又瀬高校ではクラスごとに赤白黄黒の四つの団に分かれて競技を競う。四つの団の応援席はグラウンドの競技場に面してそれぞれ設置されるが、その応援席の後ろに横十メートル縦五メートルほどの大きな絵を飾るのが恒例となっている。バックボードと呼ばれるその絵を書くのは美術部の仕事だ。
「でも、六人いれば各団に一人つけられるじゃない?」
「それが、各団に出来れば二人ほしいらしいのよね」
なるほどそれなら八人必要である。確かにそれは困っているだろうな、と芽衣子は思った。しかし、そういう話を部員である郁奈からは聞いていない。
「なんで、部員の郁奈じゃなくて部外者の弥生がそういう話をするのよ」
弥生の肩越しに席に座っている郁奈の背中を見る。自分のことが話されているのに気がついている様子はない。
「さあね。私は美術の部長と話をしているから」
美術部長が部員の腕前を考えて、ひそかに心を悩ませているということだろうか。
それをどうして弥生に話すのだろう。弥生はわからないことの多い人だ。
とりあえず、今言えることは一つだ。
「私は美術部に入らないわよ」
と断る。
「そっかあ、残念」
弥生は無理には押してこなかった。それから、小さくつけくわえる。
「まあ、美術部は夏休み前までに数をそろえればいいらしいから、考えておけば?」
「そうね」芽衣子は返事とも言えない返事をしながら、尋ねてみた。「弥生はいつもそういう情報を持ち歩いているの?」
「時によるかな」
「今回の話は美術部から持ち込まれたわけ?」
「いや、美術部が人が足りなくて困っているという話を小耳にはさんで、それとなく聞いてみたのよ」
「小耳にって、先生方から?」
「情報処理部からよ。パソコンを借りに行ったときに聞きこんだの」
「情報処理部がどうして?」
「んー、それが情報処理部も困っていてね。でも、この先は何かと引き換えじゃないと教えられないかな」
弥生は人差し指を立ててにっこり笑う。
「食えないわねえ」
「じゃあ、ね」
弥生が席に戻る。芽衣子も授業の準備をした。午後の授業開始まであと一分もない。




