取引をする文芸部(1)
芽衣子は長い休み時間になるたびに隣のクラスの都のところに行く。
中学校では奇跡的に三年間同じクラスだったので、別のクラスになるのは小学校四年の時以来のことだ。だから、どうも都と一緒にいないと落ち着かない。
最近では別のクラスである利点も活かすようになってきた。
利点と言うのは例えば授業に関することである。教師は各クラスで録画したかのように同じような授業をするものだということに二人は気がついた。だから、同じところでは同じ質問をするのである。芽衣子たちはお互いに授業の様子を教え合った。特に当たりそうな時は念入りに話をした。それで二人は安全に教師の質問を乗り切ることができたのだ。
お昼休み、その日も芽衣子は都のクラスに移動しようとしていた。芽衣子が弁当を持って席を立ったところに同じクラスの吉野弥生が話しかけてきた。
弥生はすらりと背が高く、顔立ちが整っている。長い髪を髪留めで後ろにまとめ、どこかはかなげな雰囲気を漂わす。男子に非常に人気があるが、誰かとつきあっているという話は聞いたことがない。それは性格に問題があるからだ、というのがもっぱらの噂である。
「芽衣子。あなたたちって、部員を募集してるのよね」
「そうよ。心当たりあるの?」
芽衣子は少し用心をしながら、弥生の言葉を待った。
弥生は自分に利益のあることがなければ話しかけてくるような人間ではない。性格の問題というのはそこである。この人は何の条件もなしに他人に優しくすることがないとすら言えるのだ。
「期間限定でいいかしら?」
「ええ。来週を乗り切れさえすれば」
「じゃあ、私はどう?」
「え、それは……」芽衣子は戸惑った。「弥生は図書委員よね」
「そうよ。でも、委員会とクラブに同時に入るのは禁止されていないわ」
「それはそうだけど、このところ大変そうにしてない?」
弥生が忙しそうにしているという話はクラスの何人かから聞いていた。金曜日に電話をあちこちにかけた時も弥生は無理だろうと連絡を取らなかったのだ。
「大変よ。日曜日も学校に出てきて作業していたわ」
弥生は大変そうというよりは誇らしげな顔をしている。
「それじゃ、困るんじゃないかしら?」
「大丈夫でしょ。文芸部では仕事しなくていいのよね?」
「それはそうだけど」
芽衣子はちょっと腰が引けている。まだ、弥生の話の全体像が見えていない。
「でしょ。だから問題ないわ」
「それで条件は何かしら?」
芽衣子の質問に弥生はそれを待っていたという顔で答えた。
「労働力よ」
「労働力?」
芽衣子は訳がわからなくてそのまま返す。
「私が部員になっている期間だけ、文芸部に図書委員会の仕事を手伝ってほしいの」
なるほど、忙しい仕事を手伝わせようというのだ。わかりやすい取り引きである。しかし、芽衣子は即断しかねた。とりあえず、
「どうかしら。部長と相談させてね」
と言いおいて、その場を逃れる。後ろから
「いい返事を期待しているわ」
という言葉が追いかけてきた。
弁当を抱えて隣のクラスに行くと、都が手を振って迎えてくれた。
「ナーさん、いらっしゃい」
「ギシさん、大変」
芽衣子が弥生の持ちかけた取り引きを説明すると、都は腕を組んで考え込んだ。
「仕事ってどんなのだろう」
「聞いてはないけど、日曜日まで出てきてやっているらしいから、それなりの作業量はあるでしょうね」
「ということは放課後ずっと仕事かあ。一週間くらいそういう生活をしてもかまわないといえばかまわないけれど、その間、勧誘は出来なくなるねえ」
芽衣子と都の視線があう。芽衣子は期待せずに首尾を尋ねてみた。
「誰かほかの人に聞いてみた?」
「高橋君と雪野君に聞いたよ。ダメだった」
「私も水橋君と下野君に聞いてみたけど、ダメだったわ」
「そう考えると、これはありがたい申し出だけど」
「他に目星をついてから受けたい話やねえ」
二人は唸り声を上げた。
「お弁当、食べてしまってから考えよう、ナーさん」
「そうね」
芽衣子たちは椅子にすわりなおして、弁当のふたを開けた。都と同じクラスの綾香と志保が購買で買ったパンを持って参加してくる。
都が綾香に日本史の宿題の話をした。そこから日本史の教師の悪口になって四人はひとしきりその話で盛り上がった。




