追い立てられる文芸部(10)
月曜日の朝、芽衣子たちは部員になってくれそうな人物を探すために早めに登校した。
学校に着くまでにもいろいろと話しあい、有望そうな数人をリストアップした。しかし、下駄箱で靴をはきかえて教室へと歩きかけたところで、背の低い女子が二人の前に立ちふさがった。
生徒会長の古賀である。
「ちょっと、来て頂戴」
連れていかれた先は生徒会室だった。部屋の中には誰もいない。コンクリートブロックに囲まれた殺風景な空間に三人きりになると、眉を逆立てて古賀会長が切り出した。
「あなたたち、土曜日に私を見ましたね」
弱みを持つ会長が強気に攻めてくる。どうやら権威をかさにきて上から押しつぶすように言うことで自分のペースに引き込み、問題など何もありはしなかったという方向に導くつもりらしいと、芽衣子は受け取った。しかし、芽衣子の自慢の友人はそんなやり方で恐れ入るようなやわな女子ではない。
「えーと、何のことでしょうか?」
都がとぼけて、出だしから相手のペースを崩す。
「しらばっくれないで。フードコートで二人して私の方を見ていたじゃないですか」
「フードコートって、どこのことですか?」
「福間のショッピングモールのフードコートです。山岸さんは青のボーダーの服、成田さんは焦げ茶色のカーディガンを着てたでしょ」
意外にも最初の一瞬でしっかり見抜かれていたようだ。
しかし、そこまで見ていたということは会長がかなり周囲を警戒しながら歩いていたということだろうと、芽衣子は思った。しかも、フードコートの後のことは言わないところを見ると、二人が尾行したことには気がつかなかったらしい。
「そうだったかもしれません」都はにっこりと笑った。「でも、生徒会長さんはなぜ福間のショッピングモールに?」
「ちょっと立ち寄ったんです」
古賀会長は腕を組んで強弁する。弱さを見せまいとするかのようだ。
「わざわざ駅から?」
ショッピングモールは駅から離れている。地元の人間でなければ車をつかわず行くような場所ではない。車の使えない高校生がわざわざ立ち寄るというのはよほどのことである。都の意地の悪い問いかけに、会長は一瞬口ごもった。
「……、学校から車で帰る途中でした」
「それは、休みの日なのに大変でしたね。ところでそれはどなたの車でしょう?」
「そんなことどうでもいいでしょう」
「そうですね。では、私たちが土曜日にどこでたこ焼きを食べていても会長さんには関係ないですよね。会長さんが雑貨屋さんで誰と会話をしていてもどうでもいいことですし。それじゃあ、失礼します」
都が芽衣子を連れて部屋を出ようとした。
「ちょっと待って」
古賀会長が都の手をつかむ。今までと声の調子が違う。
「なんでしょう?」
落ち着いた声で振り返る都に、切迫した様子で古賀が頼みこんだ。
「誰にも言わないでほしいの」
「いいませんよ、会長さんが……」
都がそこまで言いかけたところで芽衣子が都の袖を引いた。都にその先を言わせてはならない。脅迫になる。
「ギシさん。それ以上言ったら約束違反よ」
「そっか。まだ言わない約束だったね、ナーさん」
「会長さん。いまのところ誰にも言うつもりはないですから、安心してください」
戸惑った顔の古賀に芽衣子は持ち前のゆっくりとした調子で言葉をかけた。生徒会長の権威も年長者の矜持もかなぐり捨てた今の古賀みゆきの姿には、いつものような怖さを全く感じない。
「そう。ありがとう」
古賀は状況がつかめないという顔で礼を言った。
「でも、会長さん。見られて困るのでしたら、あんな目立つことはしないようにお勧めしますけれど」
芽衣子の言葉に古賀はうつむいた。
「あれは、たまたまだったのよ。先生が急にトイレに寄りたいと言うから、それでショッピングモールによって、それでどうせだから中を少し見ていこうって」
「それに従ったと」
「あんまりしつこく言うから」
「失礼ですけど、お二人はつきあっているのですか?」
芽衣子が核心に切り込むと古賀は明らかに動揺した。
「つきあっては、ないわ。そんなこと、あるわけないでしょ」
「でも、会長さんは竹中先生を好きですよね」
都が狙いすましたように言葉を発した。
「そ、そんなこと」
古賀の動揺が大きくなる。
「ごまかさなくてもいいですよ。見ててわかりました。早く雑貨屋を立ち去りたくていらいらしているのに、竹中先生には必死に笑顔をつくって楽しそうなふりをして見せてたじゃないですか」
さすがの観察力だ、と芽衣子は感心する。古賀は黙り込んだが、そのこわばった顔が都の言葉の正しさを証明してしまっていた。
「竹中先生は何を考えているのかしら、そんなことをして……」
芽衣子が何の気なしに言いかけると、古賀がそれをさえぎった。
「お願いだから、先生に迷惑をかけないで」
「迷惑って、別に」
ねえ、と言う顔で芽衣子と都は顔を見合わせる。
「先生には相談に乗ってもらっていただけなの。それだけなのよ。それなのにこんなことが噂になったら、先生が辞めさせられてしまうかもしれない」
なるほどそういうことがあるのか、と芽衣子は思ったが、それは良識を持つべき大人の行動の問題である。芽衣子たちが気にすることではないはずだ。
「いいませんけれど。でももし噂になったとして。竹中先生の身になにかあっても、それは竹中先生の自業自得というものではありませんか」
「ナーさんの言うとおりですよ、会長さん。それに竹中先生のしていることは相談に乗るというレベルを超えていませんか?」
しかし、古賀は首を横に振った。芽衣子と都の肩をつかむ。
「でも、それは困るのよ。わかって。先生は私を見込んで会長候補に推してくれて、私をずっと応援してくれているの。私、そんな先生に報いたくてここまでやってきたのよ。だから、お願い」
芽衣子はそこまで思いつめる古賀の心を計りかねたが、しかし竹中を守りたいという気持ちは理解できた。その気持ちは芽衣子たちが自分たちの都合で踏みにじってしまってはいけないような気がする。芽衣子は自分の肩をつかんだ古賀の手をはずしてにぎった。
「わかりました。そこまで言われるのでしたら私たちは言いません。ね、ギシさん」
「いや、ナーさん?」
都がためらう。絶好の交渉カードを放棄することを惜しんでいるのだと、芽衣子は思った。しかしそのカードを使えば古賀が不幸になる。
「ギシさん。いいわよね」
芽衣子が強く念を押す。一瞬二人は見つめあった。それから仕方がないというように都がうなずく。
「わかったよ、ナーさん。会長さん、言いません」
「ありがとう。本当にありがとう」
古賀は頭を下げた。
「いえ。じゃあ、これで失礼します」
芽衣子は頭を下げると、まだ少し不服そうな都を引っ張って生徒会室を出た。
「新入部員、入るといいわね」
後ろから、つぶやくような生徒会長の言葉が聞こえた。




