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仕事部!  作者: 豆ケ浦
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追い立てられる文芸部(1)

『流れる血

 舞い散る桜の下で』

 長い髪をかきあげて成田芽衣子はプリントの端にシャープペンシルを走らせた。このところ頭の中に繰り返し浮かんでくるフレーズだ。しかし、今は五月。すでに近所の公園ではつつじの花が赤や白、ピンクの花を咲かせている。一月以上、このフレーズと格闘してきたが、いまだにその先が思いつかない。

「成田さん。私の話を聞いてますか?」

 頭の上から声が降ってくる。顔を上げると濃い眉毛を逆立てたボブカットの小柄な女子が芽衣子を睨んでいた。生徒会長の古賀みゆきである。

「はい、もちろんです」

 横を向くと並んで座っているショートカットに大きな瞳の山岸都が困ったように笑っていた。実際、二人は今困った状況に置かれているのだった。

 ここは二又瀬高等学校の生徒会室。生徒会室と言ってもプレハブ二階建ての職員室の下の通路にコンクリートブロックとセメントで作られた畳六枚分ほどの長細い部屋で、長机が二つとパソコン机が一つ、スチール棚が二つにパイプ椅子が八つあるだけの簡素な、もっとはっきり言うなら殺風景な、場所であった。

 芽衣子たちの前には会長で三年生の古賀に、副会長で少し陰気な感じの三年生男子の高岡と、書記でいつもニコニコ顔の二年生女子の吉沢がいる。

 今は放課後だ。芽衣子と都は呼びだされてクラブ活動に関するプリントを見せられて説得を受けているところであった。学校に存在するクラブの数は二十五。そのうち部として認められているのは十八。一方で部室の数は十六。そこから導かれる答えはこうである。

「わかってもらえますね。部室を明け渡してほしいの」

「いや、いきなりいわれても困ります」

 凛とした声を発して都が反論する。

 三年生に、ましてや生徒会長に、敵地ともいえる生徒会室で二年生の身で反論するのは勇気がいることだ。

 この学校は県下に伝統を誇る進学校であり、先生や上級生の言葉には従うこと、という暗黙の掟が生き残っている。伝統ゆえか、いまだに男尊女卑の気風すらそこはかとなく感じられるほどだ。その証拠に、数えて七十年になろうという歴史の中で女性が生徒会長になったのは十年ぶりでわずかに二度目のことである。

 そんなある意味歴史的な存在である古賀会長相手に都は堂々と対抗しているのだ。

「でも、あなた方文芸部はたった二人しかいないじゃないですか。他の部に明け渡すのが当然でしょう」

「たしかに今現在は二人ですが、これから増える可能性があります」

「可能性ってね、山岸さん。一年生のクラブ登録期間はもう終わりました。文芸部は新入部員ゼロじゃないですか」

「いまのところはそうです。でもこの先入部希望者が来る可能性があります」

 一歩も引かない都の顔を芽衣子はほれぼれと眺めていた。

 都とは小学校からの付き合いだが、こういう気持ちの強いところを芽衣子はいつも頼りにしていた。その上、頭が良くて弁が立つのだから、芽衣子にとって都は自慢の友人である。

 そういうわけで芽衣子は都と始終一緒に行動してきた。それはときにちょっと度が過ぎていたかもしれない。

 ショートカットの都にロングヘアーの芽衣子がべたべたとくっつく姿を見た一年の時のクラスメートには「入学してさっそく熱々のカップルが誕生したのかとおもったわよ」と言われてしまった。それでも、男子と間違われた都は心外そうな顔をしたけれど、芽衣子は都の腕に抱きついて「うらやましいでしょ」と言いかえしたのだった。

「あのね、いいですか」生徒会長は大きく息をついて言った。「文芸部は部長の山岸さんと副部長の成田さんの二年生二人だけ。これは校則に照らして言うと部としての資格を失っているんです。部と認められるのは構成員が五人必要ですから。つまり、文芸部は同好会に格下げとなるわけです。同好会が部室をもっているのはおかしくないですか? 正式に部として認められながら部室を持たない、茶道部や情報処理部のようなクラブもあるんですよ」

 しかし、都は負けていない。

「でも、会長さん。私もさっきその校則を見ましたけど、いつの時点で五人いなくてはならないとは書いていません。これから増える可能性があるのにいきなり同好会に格下げするのはどうかと思います」

「全く。山岸さん、あなたという人は……」

「無茶をおっしゃっているのは会長さんの方です」

 古賀会長はムッとした顔で左右を見た。副会長の高岡は沈黙を守っている。なぜかずっと笑顔のままの書記の吉沢が口を開いた。

「茶道部と合併しちゃったら? 文芸茶道部とか」

 言いながら自分の思いつきの何かが笑いのつぼにはまったようで笑いだす。

「冗談はやめてください」

 都が突っぱねる。

「吉沢さんは黙ってて」

 会長に軽くにらまれて吉沢はあわてて神妙な顔をつくろうとしたが、やはりどう見ても笑顔だ。

「よっ。どうした?」

 芽衣子たちの後ろでドアが開いた。振り向くと、グレーのジャケットの男性教師が入ってくる。竹中という、生徒会担当の教師だ。みかけは若々しく二十代のようだが、芽衣子の聞いた噂では実際は三十代半ばらしい。まだ独身だという。

「文芸部と部室のことでもめてまして」

「ああ、なるほどな」

 竹中は無遠慮な視線を芽衣子たちに投げた。

「いきなり出て行けと言われても困ります」

 都が反論する。

「そうだな。困るか」竹中はあごをなでた。「じゃあ、期限を区切るか。それまでに部員が集まらなかったら出ていくということでどうだ」

「そうしましょう」

 会長は素直に従う。

「では、一月ください」

 都がすばやく口をはさむ。

「二週間だな」竹中がきっぱりと言った。「二週間後の火曜日にクラブ代表者会議があるだろう。それを期限にしよう。他のクラブにも説明しなくてはならんからな」

「いえ、でもそれでは……」

 なおも条件を争おうとする都を古賀会長がさえぎった。

「これで決定とします。これ以上の意見は受け付けません。クラブ代表者会議の開催前までに部員が五名に達しない時は、文芸部は同好会に降格。部室は明け渡してもらいます。よろしいですね」

 教師と上級生の権威の前に文芸部員二人は黙ってうなずくしかなかった。


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