金色の瞳
炎の精霊騎士が戦う森の中では敵がリシェアオーガを舐め切っていて、彼を狙って攻撃を仕掛けて様としていた。
彼は右腰にある剣を抜き、それに備える。
主に抜かれた神龍王の剣は、その剣身を紅く染めた。血とも炎とも付かない紅の剣に精霊騎士はおろか、敵さえも声を失う。
抜身の剣を持った少年は、表情を失くし、無慈悲とも取れる言葉を口に出す。
「この国を攻め、この国の代わりに神々の恩恵を得ようとした愚か者よ。
神々は、驕り高ぶるそなた達に恩恵は与えない、与えるのは…滅びという名の罰のみ。我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガの罰を受けるが良い。我は他の神々程、甘くは無い。」
そう冷たく言い放って剣を一振り振るうと彼の周りにいた敵は、尽く血を流し、地に平伏す。
今、少年が纏うのは、怒りを含んだ神気…。
強い怒気による物か少年の青き眼は、その色を紅に変える。憤怒の紅に晒された敵は、恐れをなす。しかし、己を振るい立たせ、再び彼へ攻撃を仕掛けるが…彼の瞳と同じ紅い色彩の者達に阻まれる。
精霊騎士達が少年に加勢し、敵を粉砕して行ったのだ。彼等から受ける強い炎の気と力、そして、それと共鳴する気配も近付いてくる。
「リシェア様、御無事ですか?!」
聞こえた声に少年は振り向いたが、驚く事は無く、不審な目で見つめていた。
「べルア、如何して此処へ来た。剣を捨てたのでは無かったのか?」
尋ねられた言葉を真摯な顔で受け、返事をした。
「捨てる筈でしたが、人間だった頃の祖国を蔑にされて、黙っていられなくなりました。
…愚かしい人間の手て、罪無き我が生国を滅ぼされる事は我慢出来ません。…剣を持たなかった私に、どれだけの力が残っているか判りませんが、加勢させて下さい。」
そう言って、カーシェイクから借りた大地の剣を抜く。
現れた透明な紫の剣身にリシェアオーガは驚いた。
「それは…大地の剣?!」
「カーシェイク様から御借りしました。
私の力では普通の精霊剣を扱えないらしいです。」
そう言いながら、近付いてくる敵を蹴散らすアーネベルア。
人間の頃と変わらない剣捌き…いや、以前より早さも、力も、強くなっている。彼の剣技に薄く微笑み、少年・リシェアオーガは、再び的に向き直した。
「べルア、他の精霊騎士達と共に敵軍を蹴散らすぞ。そして、敵の頭を取る!」
高らかに宣言された言葉にアーネベルアも、周りの焔の騎士達も、声を上げる。そして…向かう敵を蹴散らし、彼等を誘導している輩へと辿り着く。
邪気を身に纏う敵将は、向かってくる彼等を魁羅の術で操ろうとしたが、リシェアオーガによって阻まれた。同じ力を持つ彼に対して、この力は効かないだけで無く、彼自身が周りの精霊騎士へ、その対抗策を施していたのだ。
全ての術を無効にする結界、彼の持つ無に帰す力を応用したそれは、絶大な効果があった様だ。他の精霊騎士にも施してあったらしく、そちらでも効果があったらしい。
「…如何やら、そなた自身と国の中心は、神龍王として目覚められなかったモノの様だな。」
リシェアオーガの剣に敵将が釘付けになった事で、目の前の敵が神龍王になれなかった元人間だと判った様だ。序でに言えば彼の力で離れた場所から、兵士を操っている人物がいる事も判っている。
そんな事が出来るのは、以前のリシェアオーガと同じ者…邪悪にその身を染めたままで神龍王になれなかった者か、邪悪そのモノだけだった。
前者とリシェアオーガが断定した理由は、アーネベルア達には判らなかったが、彼等を葬る事で平和が戻る事だけは判った。
リシェアオーガと対面している敵将が、不敵な笑いと共に剣を突きだした。
「くくくく…、そんな華奢な体で剣を扱うとは…所詮、子供の剣。
我等の剣には敵うまい。」
「くっ…ふふふ…それは如何かな?
邪悪に身を染め、抜け出せなかった愚か者よ。」
その言葉にリシェアオーガも笑い出し、精霊騎士達を庇う態度を示して彼等を下がらした。これから起きる事は、精霊騎士達を巻き込みかねない、そう判断したようだ。
だが、それに逆らおうとする者が出た。そんな彼等をアーネベルアが止める。
「あ奴はリシェア様に任せた方が良い。我等はリシェア様の指示通り、距離を置こう。
…あの方の力に巻き込まれない様に…。」
以前目にしたリシェアオーガの力…全てを無に帰すそれが、今、解き放たれようとしている事にアーネベルアは気付いた。だからこそ、リシェアオーガの指示を他の精霊騎士達へ伝えたのだ。反感の声も聞こえたが彼は続ける。
『私は以前、リシェア様の力を目の当たりにしている。
あの方の力は、全てを無に帰す力…だが、破壊の力では無い。あの方の力は、世界の全てを護る為の力だ。』
同じ炎の精霊だからこそ伝わる、心の言葉。
敵に聞こえない様にする為にアーネベルアが使ったそれで、精霊達は素直に距離を置く。彼等が丁度良い距離まで下がった頃に、リシェアオーガは己の力を解放した。
剣を使わない力の解放…目の前の敵と、それに繋がっている遥か遠くの敵を倒す為の力…無に帰すそれを放ち、彼等の命さえも消し去って行く。
その瞳は紅では無く、金色の瞳…光とも取れる瞳で虚空を見据える。その無表情にして厳しい光を瞳に宿す少年を見て、精霊達は息を呑んだ。
敵に対しては無慈悲な神…守護神である光の神と空の神より、厳しい神である事を感じるそれだったが、何時もの彼を知っている精霊達は、別の理由で驚いていた。
無邪気で優しく微笑の絶えない幼き神であった為、今の彼との違和感が拭えなかったのだ。只、アーネベルアだけは、邪気に染まっていた頃と彼が神としてこの国に来た時、同じ経験をしている。その時、敵に対しての容赦無さは神龍王として必要な物と、彼に仕える者達は言っていた事を思い出していた。




