戦の始まり
そんなある日、神々の住まう場所が慌ただしくなった。
精霊騎士が支度を始め、戦場へ行く様相へと変って行ったのだ。その中に、黒い騎士服と白い外套の色合いに身を包んだ者達がいた。
一人は月と太陽の装飾をその身に纏い、もう一人は月と星の装飾を、最後の一人は光龍の装飾を身に纏っている。
光の神と空の神、そして、戦の神の姿であった。
神々の戦姿は、闇の黒と光の白をその身の纏い、その装飾は各々の象徴となる。
腰には剣を帯びて両腕には肘までの腕輪を付けた彼等の姿は、正しく守護神たる者だった。その中の年若い神へアーネベルアが声を掛ける。
「リシェア様、これは一体、如何なさったのですか?」
彼の問いに一瞬悩んだ表情を見せたが、直ぐに彼は真実を伝えた。
「マレリーア王国へ馬鹿共が攻め入った。
邪気に弄ばれ、己が国が神の祝福を受けるに値すると大馬鹿な事をほざいてな。」
「故に我等が援軍を出す。リシェアは、本格的な戦では初陣だろうが致したか無い。
…場所が場所だけに、黙って大人しく見ている事は出来無いだろうからな。」
戦の神たるリシェアオーガの答えと、その父たる光の神の返答にアーネベルアは納得した。取り敢えず、邪魔にならない様にして戦況を知りたいと思った彼は、カーシェイクの処へ赴く。そこの主も戦の準備をしていて、戦況を見渡せる場所を割り出している最中であった。
「べルア、バート、君達も気になるみたいだね。私と一緒に戦場へ行くかい?
ああ、剣は持たなくても大丈夫だよ。私は軍師として、赴くのだからね。」
言われて頷いたアーネベルアとバルバートアは、戦場への準備を手伝った。
カーシェイクが割り出した戦況を見渡せる場所に、守護神の三人と軍師として赴いている知の神がいた。流石に傍で控えている精霊騎士は居なかった。
彼等は全て、戦場へ援軍として赴いている。
神龍達でさえ、戦場へいる状況にアーネベルアは言葉を失った。
それ程戦況は悪いのかと思い、カーシェイクの方を見た。彼の視線に気が付いた知の神は、微笑みながら答える。
「べルア、戦況はそんなに悪くないよ。
只、油断は禁物だから、手練れを配置しているんだよ。神龍も出ているのは、此方からの伝達がリシェアを通して伝え易いからね。」
かの神の言葉に頷き、リシェアオーガの方を見る。初陣らしい緊張感の見えない彼へ視線を送ると、同じ様に疑問に思った空の神が彼に問った。
「リシェ、お前初陣じゃあなかったか?
…何だか、随分場慣れしているように見えるんだけどな…。」
「この様に本格的な戦場への出陣は初めてですが、戦の指示は…以前やっていました。」
戸惑いがちに返った答えに、アーネベルアは心当たりがあった。
彼が邪気に身を染めていた頃、あの国で戦が起こった。
その事を思い出し、複雑な気分になる。アーネベルアの様子に気が付いた空の神は、事情を悟り、複雑な顔をしている紅の精霊に声を掛けた。
「べルアは知ってそうだな。
他に聞きたい事もありそうだから、思いっきり質問してやれよ。」
微笑を添えて言われた言葉で、アーネベルアは口を開いた。
「リシェア様、若しかして、あの国での戦の指示は…全て貴方がなされたのですか?」
「そうだ、操っていた将軍を使って戦況を見て、私が指示を出した。
あ奴等の判断では直ぐに負け戦になると判った時点で、それを施した。」
何の感情も示さずに言う彼に、周りは驚いていた。
オーガという名の精霊として彼が生きた頃は、まだ本当の幼子…人間でいう処の少年の歳の、15歳に満たない彼が戦況を判断し、戦を勝利に導いていたのだ。異常な程の頭の良さに驚くと共に、彼が神龍王として生まれて来た証明であると気付く。
戦場へ赴く神龍達を指揮するのは神龍王。
即ち、その才能を持ち合わせていないのなら、神龍王になり得ないのだ。故に、その宿命を持って生まれた者は剣の腕はおろか、軍師の才をも与えられている。その両方を開花させ、もう一つの役目をもその身に持っているのが、目の前の少年。
本当に戦の神となるに相応しかったのだと、改めてアーネベルアは思った。
勿論、周りの者達も同意見の様だった。
ふと、リシェアオーガの目がある点で止まった。そして、カーシェイクを振り返って声を掛ける。
「兄上、精霊騎士の一角が押されています。
…妙な動きがあるので、確認を御願いします。」
自分で判断出来無いと思ったらしく知の神に声を掛け、その神が戦況を見る。問われた兄神は、邪気が多くなった一点に可笑しな動きがあるのを確認して考え込んだ。
そこは、焔の騎士が戦っている場所。
だが、その勢いが半減し、敵に押され気味になっていた。
「リシェア、此処の炎の気は如何なっているのかい?」
問われて彼が確認すると、中心となる精霊の気が半減している。最も強い筈の精霊騎士の気が可笑しくなっているのだ。
それに気付き、詳しく調べて結果が判ったらしいリシェアオーガは、ぼそりと呟く。
「フルレの体に異変が起きている。このまま戦場にいるのは、極めて危険だ。
……父上、伯父上、私がフルレの代わりに行ってきます。」
彼等の返答も聞かず、彼は己の力を駆使して文字通りその場から飛んで行った。
炎の精霊騎士のいる場所では、突然現れた少年に敵味方無く驚いていた。
黒い騎士服に白い外套、その装飾は戦の神と言われている神の象徴である光龍。
それを着熟している少年に注目が集まる。
華奢で剣を扱う事の出来無い様な幼い少年に、敵方は笑いを隠せないでいたが、精霊騎士達は事態の急変を感じていた。
彼は精霊騎士の中心たる精霊を見つけ、彼女へと駆け寄る。
「フルレ、体は大丈夫か?」
小声で訊かれた精霊は、何の事か判らなかったらしいが、己の気が半減している事は理解していた。大丈夫だと伝えようとするが力が入らない。
その様子に、少年は副官を呼び、指揮をする者を変えようとした。
「リシェア様、あたしは…大丈夫です。」
か細い声に少年は厳しい視線を向ける。そして、彼女へ通告した。
「フルレ、そなたは此処から撤退せよ。このまま指揮を執るのは戦況に響く。」
「…ですが…。」
反論しようとする彼女へ、少年は未だ厳しい目をしていた。そして、逆らう事の出来無い名での言霊で命令を下す。
「『炎の精霊騎士・フルレよ。
ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガとして命ずる。この場から立ち去って、安全な所で待機せよ。』…でないと、ウォーレが悲しむ。」
「…何故?関係ないでしょう?」
「フルレ、体内の子に差し障る。今、兄上達の処へ送る。」
意外な言葉を掛けられたフルレは、自らの腹に手を当てる。そこには水の気が存在し、彼女の力を押しとどめている。
宿った子を護る様に己が炎の気も強さを弱め、彼女の力を使えない様にしていた。これに気が付いたフルレは仕方無く承知し、彼の命に従った。
彼女の承諾を受け、少年は彼女を安全な場所へと送り出した。