親友との再会
数年後、やっと精霊として慣れてきた彼は、念願であった知の神の許へ訪れる。光と大地の神の館に足を運び、その敷地内の庭先で光の精霊と出会う。
「…おや?新しい炎の精霊殿ですね…?
べルア殿に似ておいでですが…御本人ですか?」
蛍光色の瞳の光の精霊騎士は、不思議そうな顔を彼に向けて、そう質問をした。
「御久し振りです、ルシナリス様。
この度、フレィリー様と私の要望で、炎の精霊として転生させて頂きました。名前はフレィリー様の御要望で、前と同じです。」
「そうでしたね、七神様方の御要望で、御本人の希望通りに転生させると御聞きしておりました。
此処に来たという事は、カーシェ様とバート殿に御会いに来られたのですね。早速、御案内致し…リシェア様?」
屋敷へ案内しようと振り向いた、光の精霊の直ぐ後ろに少年の姿があった。緑の騎士服のまま誰かを待っていたような彼に光の精霊は微笑み、言葉を続ける。
「リシェア様、今は剣の鍛錬の時間では無かったのですか?…べルア殿が来られたから、逃げ出された様ですが…。」
「逃げ出していないよ。
父上と伯父上には休憩にして貰って、べルアを出迎えに来たんだ。…ルシェ、一緒に兄上達の処へ案内しちゃあ、駄目?」
珍しい子供らしい口調とお願いに、光の精霊・ルシナリスは完敗したようだ。仕方ありませんねと言いつつも、可愛らしい我儘に付き合っている。
その遣り取りに微笑み、アーネベルアも彼の傍に来た。
「御久し振りです、リシェア様。
私を御出迎えとは嬉しい限りですよ。でも、剣の訓練を怠ってはいけませんよ。」
「大丈夫だよ、この処ずっとしていたから息抜きが欲しいて、父上達にお願いしたんだ。兄上達にも暫く会っていないから、会いたいって。
べルアの気配が近付いたから良い機会だと思って…我儘だとは判ってるけど、会いたかったんだ。」
子供らしい我儘を、少し俯き加減に言うリシェアオーガに精霊達は微笑み、優しく声を掛ける。
「判りました、リシェア様。では、一緒に案内して貰いますね。」
「リシェア様に案内されるとは、光栄ですよ。」
二人の精霊の言葉に機嫌良く頷いた幼き神は、嬉しそうな顔となり、彼等と共に件の兄弟の部屋へ向かった。
「…おや、珍しい気配だね。
リシェアと…炎の精霊とは、組み合わせも珍しいね。」
部屋の主である緑の髪を持つ神は、近付いてくる気配をそう称した。彼の言葉に周りにいる精霊達も、その気配を探る。
自分達が仕える神の妹神と新しく生まれたと思われる炎の精霊、何時もの案内役の光の騎士。三人の気配に気付き、彼等は目の前の神に進言する。
「カーシェ様。頃合いも宜しいですし、向こうの部屋に御茶を御用意しましょうか?
リシェア様が御出でなら、ファース様手作りの御菓子を添えて。」
「そうだね、調べ物も一段落した事だし、レリア、お願い出来るかな?」
「はい、我が神。」
女性の大地の精霊の言葉にカーシェイクは頷き、急いで周りを粗方片付け出す。ふと視野に、薄茶で緑の瞳の精霊の姿を捉える。
彼の方へ向き、カーシェイクは声を掛けた。
「バートも一緒に来ないかい?多分リシェアが、会いたがっているだろうしね。
それに…新しい精霊にも会った方が良いよ。」
何かを知っている様なカーシェイクの言葉にバートと呼ばれた精霊は、手にしていた本を机に置いた。仕える神に誘われ、彼も用意された部屋へと赴く。
既に用意してあるお茶と、茶菓子に椅子が四つ。カーシェイクの部屋にあっても違和感無い薄緑のテーブルが、それらを受け止めている。
何時もながらレリアこと、リセレリアの支度の速さに驚いているバートに向かって、カーシェイクは微笑む。
「バートも、遠慮しないで座りなさいね。
今の君は私に仕える精霊では無く、私の義理の弟なのだからね。」
人間の頃の様に接する目の前の神に頷き、バートも席に着いた。
光の佇まいの中、リシェアオーガを伴ったアーネベルアは、近付く部屋にカーシェイクの他、大地の精霊の気配を感じた。
昔会った知人の精霊の気配に微笑み、カーシェイクの機転の良さに感謝した。
カーシェイクの部屋の扉をルシナリスが叩き、所在を確認する。帰って来た言葉にリシェアオーガが先に入り、兄達に走り寄る。
「カーシェ兄上、バート義兄上、御久し振りです。
…新しい炎の精霊が兄上達に会いに来たので、一緒に来ました。」
「良く来たね、リシェア。
後ろの彼が、そうみたいだね。遠慮せずに入っておいで。」
ルシナリスの後ろにちらりと見える緋色の髪を見つけ、カーシェイクは微笑んで招き入れた。意を決したアーネベルアは、その部屋へ入る。
そこにはアーネベルアの感じた通り、カーシェイクと共に大地の精霊が一人いた。彼は、炎の精霊を見て驚いていた。
「…べルア?べルアなのかい?」
驚きの声を上げる大地の精霊に彼は答える。
「久し振りだね。っと、精霊としては初めましてかな?
バートも元気そうで、何よりだね。」
アーネベルアから返った言葉にバートことバルバートアは、まだ燻っている質問を浴びせ掛けた。
「べルア…何故、精霊に?
精霊になったのなら、早く教えてくれれば良かったのに…。」
「精霊になったのは、炎の剣の枷から外れたかったんだよ。それに…バートが早々と大地の精霊になって、カーシェイク様に仕えたからね。
今まで教えなかったのは体の安定に時間が掛ったのと、色々と教わる事があったんだよ。それと、バートを驚かそうと思って…ね。」
最後の一言にバルバートアは脱力し、溜息を吐いた。ちらりと、リシェアオーガの方を見ると、視線を逸らそうとしている。
「リシェア様…いえ、オーガ。
君は、彼の魂迎えに行ってた筈だね、…この事を知っていたのかい?何故、今まで黙っていたのかな?」
義理の弟として扱うバルバートアに、リシェアオーガは口を開いた。
「べルアに頼まれたんだ。兄上も、他の神々も知っているよ。
まさかべルアが精霊になる事を望むとは、思っていない方々もいたけど。」
「済まないね、バート。私も知っていたんだよ。
だけど、フレィリーとリシェア、べルアに止められたんだ。…まあ、私も黙っていた方が、再会には感動的だと思ったしね。」
義理の兄弟達に言われ、更に深い溜息を吐いたバルバートアは、アーネベルアに向き直す。
「…べルア、君はそれで良いのかい?
炎の騎士として、戦わなくて良いのかい?」
「ああ、もう戦いは遠慮するよ。今は友人達とゆっくり、平穏な日々を送りたい。
バート、疑うのなら、私の服装を確認すれば良いよ。」
言われて見ると、彼の服は剣士の服でも左腰に剣の存在が無かった。剣はおろか、剣帯さえ無い服装に驚いたらしい。
然も、その服は紅いだけの全くの装飾の無い物。主とする者がいない事を示すそれは、アーネベルアが自由を得たものとも思えた様だ。
「…本当の様だね。まあ、べルアがそれで良いというのなら、私は反対しない。
それが、べルアの選んだ生き方なのだからね。」
微笑を添えて言う友の姿にアーネベルアは、人間であった頃と変わらないと思った。
この日を境に、アーネベルアの望んだ生活が始まった。友との語らい、その穏やかな日々が続き、何事も無く過ぎて行く。
少し物足り無くなる時もあるが、自ら望んだ平穏に不満は無かった。