転生への希望
紅の少女と金髪の少年、それと紅の騎士の魂は、神々の住む場所へと戻った。昼と夜の領域の狭間にある、命の神・キャナサの館の傍で、彼等は紅の騎士へ振り返る。
「べルア、あれで良かったのか?」
今際の別れの事を言っている少年に彼は頷き、言葉を返す。
「あれで、良かったのです。
私は人間の一生を終え、転生の準備をしなければなりません。…別れは確かに悲しいですけど、来世で会えるのなら…それで良いのです。只…」
「ただ、何?どうしたの?」
青年の言葉を復唱して尋ねる少女に青年は、言い難そうに答える。
「…もう、炎の剣の担い手にはなりたくないのです。
前世でもそうであった様に感じますし、来世も同じ様になるのならば、私自身の転生は見送りたいのです。」
「そうね…あの子は貴方を気に入っているから、また追いかけるかもね。べルアが人間に転生してあの子に再び出会ったら、あなたを担い手に選ぶ可能性があるわ。
そうだわ♪ナサに言って、人間以外に転生して貰うわね♪何が良い?」
少女の言葉で青年は、今は亡き親友であった人間が今、大地の精霊として神に仕えている事を思い出した。
人間として一生を終え、大地の精霊として生まれ変わって知の神に仕える事を望んだ友人。彼と同じ時を刻みたいと思い、青年は希望を告げる。
「精霊として…生まれ変わりたいです。
そうすれば、親友のバートと共に生きられる…まあ、神に仕えていない私が早く逝くとしても、人間の時より多く彼と語り合える事が出来る。
…それが今の…私の望みです。」
青年の言葉に少女は納得し、キャナサに告げる要望とういうか、お願いという名のお強請りを決めたようだった。
満面の微笑を浮かべ、足取りも軽い少女に青年と少年は苦笑した。彼女が上機嫌になった理由は、彼等にも手に取る様に判り易かったのだ。
「べルア…余程フレィに気に入られているらしいな。」
「…みたいですね。フレィ様は…前世の時もああだった様な気がします。
前は…私が…世界の平穏を望み、邪気を失くす事を望んだ気もします。でも今は、リシェア様がいらっしゃるので、その必要はありません。
私が炎の剣の担い手である必要は無いのです。なので重荷は降ろして、友人と語り合いたいだけですよ。」
「バート義兄上…か。カーシェ兄上の処で元気に助手をしている。
…相変わらずの…溺愛振りだがな。」
知己の精霊の事を話す少年を、暖かな目で青年は見つめている。
彼も初めて会った時から変らぬ年齢…容姿は、初めて会った時と変わり、性格も今の物が本来の物らしかった。
邪気にその身を委ね、憎しみと悲しみで心を閉ざした少年だったが、家族や周りの者達のお蔭で己の手で邪気を消し、己の進む道を見極めて元の姿に戻った。
性格も少々変わっただけで余り変わっていないと、もう一人の知り合いの大地の精霊騎士から聞いた。只、父親に性格が似ていると、別の精霊達からも聞いている。
少年が楽しそうに話し合っている青年と長年の付き合がある元人間の精霊は、彼が精霊になると知ったら、どんな反応を示すであろうかと思った。
そうこうしている内に二人の神と一人(?)の人間の魂は、命の神の住まいへ着いた。光と闇が交差するこの屋敷には、緑の肌で白い羽と薄茶の毛並の尻尾を持つ神が住んでいる。
かの神の持つ紫の髪は肩まであり、その毛先は黒い色をしていて瞳は瞳孔の無い金色。その足は大きなかぎづめがあり、龍を思わせる者だった。彼等の訪問に気が付いた彼は、微笑ながら三人を迎えた。
「御帰り、フレィにリシェア、それに…炎の騎士…の魂だね。」
優しい声色に、フレィとリシェアと呼ばれた少女と少年は微笑み、彼に声を返す。
「ただいま~、ナサ。あのね、お願いがあるの。いいかしら?」
「只今、ナサ…義姉上…でいいのかな?
フレィがナサ義姉上に頼みたい事があるらしいんだけど…良い?」
可愛らしい二人の言い分にナサと呼ばれた彼は頷き、その片方である紅の少女の言いたい事を尋ねる。
「フレィ、お願いって、この炎の騎士の魂の転生に関してなの?それなら、他の七神にもお願いされているから問題無いよ。
リシェアの件で彼には色々、お世話になったからね。」
少女が言いたかった事を先に告げると、少し不服そうな彼女の返事が返る。
「…え~、もう言われてるの?まっ、いいわ。
あのね、べルアを今度は人間ではなく精霊にして欲しいの。
出来れば…私の精霊に…駄目?」
「……フレィ様…この私が…炎の精霊に…ですか?他の精霊では無くて?」
二人の神の会話に思わず突込みを入れてしまった紅の騎士は、しまったとばかりに己が口を右手で覆った。その様子を見て、傍に居た少年が静かに笑っている。
「べルア、そなたはフレィのお気に入りだから、彼女の望みは判り切っているだろう?
まあ、べルアの性格も炎の精霊向きだと思うがな。」
少々笑いながらの少年の言葉で紅の騎士は苦笑して、紅の少女へ向き直ると、二人分の視線が集まっている事に気付いた。
紅金の瞳と金色の瞳…。
二人の神々に見つめられて困惑するが、直ぐに金色の瞳が微笑んだ。
「フレィの御願い、承知したよ。あっと、炎の騎士の方はそれで良いの?」
命の神が紅の騎士本人の意見を聞くと、承諾の頷きと共に返答が返って来る。
「ええ、お願いします。
炎の精霊としての転生、この身に受けさせて頂きます。只…今の私には神々に仕える気が無いので、フレィ様の御機嫌が悪くならないかが心配です。」
心配そうに告げる彼の言葉に、炎の少女が返答を返す。
「それに関しては承知しているわ。無理に仕えろとは言わないし、べルアが気に入る…じゃあなかった、仕えたいと思う神が見つかれば、その相手に仕えればいいわ。
勿論、わたしで無くてもいいのよ。
ジェスでも、リューでも、ラールやリダ、ウェーやフェーでも、他の神々でもいいの。誰に仕えようと仕えまいと、べルアの自由よ。」
そう言って微笑む少女に、判りましたと紅の騎士は告げた。
精霊に転生しても、神に仕える事も、剣を扱うかどうかも判らない。
今は只、精霊として生まれ変って友人と話したい、それだけが今の彼の望みだった。