邪気を纏う闇の精霊
敵を迎え撃つ為に駐屯地を離れたリシェアオーガ達は、件の集団が潜む場所の近くに舞い降りた。風の神龍の穏業を使い、その場で隠れて様子を窺っていたが、彼等が動き出した途端に行動を起こす。
突然目の前に現れたリシェアオーガ達を見て彼等は高笑いをする。少年とたった4人の騎士では数十人といる彼等と勝負にならないと思ったのだ。
しかし、彼等は知らない…いや、気付かない。
4人の騎士の内、3人が精霊である事。
残り1人が神龍である事。
そして…少年が神である事を。
無論、彼等が狙うのは一番弱いと思われる少年の姿であるリシェアオーガだが、騎士達に阻まれる。騎士達の腕前に彼等は驚いたが、その中で闇を纏う者が前に出て来る。
人間では無い闇の精霊剣士…その剣士が他の者を引かせ、自らの剣を騎士達に向けた。
「残念ながら、お前達が何者であろうと我等の目的の邪魔をさせない。
特にそこの…炎光の精霊には…な。」
そう言って、レナフレアムと剣を合わして残りの者を逃がそうとするが、逸早くリシェアオーガが動いた。逃げようとする者の前に突如として姿を現して己が剣を構える。
銀色に変化した光髪を一つに纏め、無表情ではあるが厳しい光を宿す紺色の瞳と七色の煌めきを持つ剣に彼等は足を止める。
「我に見つけられるとは残念だったな…。
我は、そなた達の仕出かした事を許す気は無い。このまま生かす事も出来るが、周りの迷惑を考えるとそれも頂けない。故に…この場で果て、転生により罪を償うが良い。」
そう言い放つと少年が剣を繰り出す。
一瞬にして数人の命を奪う剣技にレナフレアムは目を奪われた。初めて見るリシェアオーガの本気の剣技…以前と同じく舞を舞う様な物であったが、その迫力は段違いであった。
「何に気を取られている?隙だらけだぞ。」
闇の剣士の声に我を取り戻し、寸前の処で相手の剣を躱す。
自分と相手の剣の差は余り無い様に思われたが、次の瞬間、闇の剣士の剣がレナフレアムの命を奪おうとした。
しかし、それは失敗に終わった。
彼等の間に大地の精霊騎士が入って来たのだ。
「フレアム、ここは俺に任せてリシェア様の援軍を頼む。」
言葉少なに告げられたそれに頷くレナフレアムは、リシェアオーガと合流を果たす為にその場を去った。舌打ちする闇の剣士へ、大地の精霊のアンタレスが不敵な微笑を浮かべて言葉を掛ける。
「お子様の相手は退屈だろうから、俺が相手になってやるよ。
お前にとって、神々の祝福を受けた者は天敵だろう?レストレーム?」
「…まさか…アンタレスか?だが、その気は…?」
目の前の大地の精霊に闇の剣士・レストレームは目を見張った。確かに姿は知っている者だが、纏う気は全く別物であった。
「ああ、言い忘れてたが、今の俺は大地の騎士だ。
お前の大っ嫌いな精霊騎士だ。」
言われた言葉にレストレームは、先程の少年を思い出す。
白い外套に黒い服…神々が戦場へ向かう服装を模した物を身に着けた光の神の祝福を受けた者だと思っていたが、それが違うと判ったのだ。
そう、少年の装飾に気付かなかった闇の精霊は、彼を只の神子だと判断した。
「そうか…そう言う事か…あの子供の命を奪えば、神々に報復が出来るのか…ならば、お前を討って、あの子供を殺すか。」
そう言って剣をアンタレスへと向け、再び打ち合いが始まった。
ランナと皚龍は、アンタレスを残してレナフレアムと共に主の許へ赴く。
その時点で半数以上がリシェアオーガによって成敗されていた。情け容赦の無い戦神の剣技に人間と精霊の剣士は、尽く滅ぼされていく。
歴然とした剣の腕の差は、少年が生まれながらにして天賦の才能を持っている事を示している。光の神のそれを彷彿させる彼の動きに、駆けつけた三人の騎士達も一瞬魅了された。
「我が王の剣技は…何時見ても、御美しい…。」
「そだね、随分と楽しそうだけど、そろそろ俺達も参加しないとね。」
皚龍とランナの言葉にレナフレアムは驚きながらも納得し、二人の精霊と一人の神龍が少年に声を掛ける。
「「「リシェア様、加勢に来ました。さっさと終わらせて、帰りましょう!!」」」
本音の漏れている彼等の言葉に少年は振り向き、にっこりと微笑んで、
「そうだな、皚龍、ランナ、レナフレアム、さっさと片付けて、帰るとしよう。」
と返す。彼等へ振り向いた時に少年は敵から攻撃を受けるが、難無く受け流している様子で隙が無いと窺える。
一番年若い少年が剣豪…かなりの腕前を持つ事を敵が気が付くには少々遅かった。
新たに加わった騎士も、それに匹敵する剣豪揃いであったのだから……。
アンタレスとレストレームの攻防戦は未だ続いていた。
以前、剣を合わせた時よりも腕の上がったアンタレスに、レストレームは苦戦を強いられた。
これ程まで精霊騎士の実力と精霊剣士の実力に、差が有るとは知らなかったのだ。それに加え、大地の精霊になっている為かアンタレスからは、時間による力の衰えが全く見えない。
木々の精霊から大地の精霊に成り立てであれば、以前の体質の関係で闇の時間に若干動きが鈍って来る。
それが今のアンタレスには無い。
これが意味する事は…近くに彼の仕える神がいる事。
可能性があるのはあの少年だけだが、少年の気は神の物で無く別の…龍の気。
その龍の気と共に、この場へ他の精霊の気配が戻って来た。
「レス大叔父さん…まだやってんの?あっちは、終わったよ~。」
気の抜けたランナの声に対してアンタレスが答える。
「ランナ~~、脱力するような言い方はするなよ!
こっちは闇の精霊相手だから、遣り難いんだよ。」
会話の余裕があるアンタレスにレストレームは怒りを覚え、策を講じた。
その目は直ぐ近くに見えた少年を捕え、彼と一旦距離を置く為に彼の剣を弾く。
この隙に出来た距離で闇の精霊は素早く行動を起こす。そして、一番小柄で華奢な少年を手の内に抱き込み、己が剣を向ける。
「アンタレス、これで立場が逆転するな…くくっ、漸く神々に報復が出来る。
やっと念願が叶う。」
捕われた少年は怖がる事無く不思議な顔をして、闇の剣士の言葉に質問を投げ掛ける。
「神々への報復とは、何だ?」
「くく、死者の国への土産に教えてやろう。奴等は、オレから全てを奪った。
愛する者全てをオレの手から奪ったのだ。」
レストレームの返事にアンタレスが付け足す。
「そいつはな、自分の快楽の為に人間を殺してきた奴だ。
その罰として、愛する者達を奪われたに過ぎないぞ。然も、その反省も無く、神々を恨んでやがる。全く…」
「如何し様も無い奴だな。」
大地の騎士の言葉を遮って少年の重く低い声が響く。
溜息と共に口に出た言葉に、レストレームは更に激怒して冷たい微笑を浮かべる。
「その減らず口を聞けなくさせてやろう。そうすれば、神々にも動揺が……ぐあ!」
言い終る前にリシェアオーガから手刀が放たれた。それを受けた闇の精霊の腕が緩んだ隙に、彼は腕の中から逃れる。
「与えられた罰に反省の色も無く、逆恨みするとは…愚かしい。
既に他の神々から罰を与えられているのなら、この場で我が直々に、更なる罰を与えても支障は無いな…。」
無表情で冷たく響く少年の声に、闇の剣士は驚愕した。
少年から受ける気配は怒気を含み、先程までの龍のそれとは全く異なる物。
身に覚えのある物で一番近いのは光の神の物だが、少年の気配の方が一段と冷たく恐ろしく感じた。
「な…こんなガキに…俺が…倒せるのか…?」
自分の恐れを否定しようと紡がれた筈の言葉は、震えによって途切れ途切れになる。
この言葉を受けて少年が制裁の為に動こうとした時、闇がそれを遮った。
「リシェア様、此奴、自分、相手、する。」
聞こえたのは知っている闇の騎士の声。その声に少年が反応する。
「アレィ、あれは我の獲物。邪魔をす…ルシェ!」
少年の言葉を遮る様に今度は、光の騎士が少年を胸に抱かかえた。
光と闇の精霊騎士の連携技にリシェアオーガは溜息を吐き、闇の剣士を罰する事を一時的に諦めた。
「アレィ、手加減するな。そ奴は闇の精霊の恥晒しだ、存分に叩きのめせ!」
命令にも似た言葉を突き付ける少年に闇の騎士は頷き、容赦無く相手に剣を向けた。