精霊の誉れへの誘い
彼等の姿を見てレナフレアムは、再び溜息を吐く。
嘗て自分の主だった精霊に何も感じなくなった自分を自覚し、そして、新たな主を見出した精霊騎士と人間の騎士を羨ましく思う。
主を失い、自由になったこの身ではあるが、主を得た感覚を味わった事のある彼にとって今の状況は望ましい物では無かった。
新たな主を欲して見分を深める為に今まで旅をしていたが、未だ新しい主を見出せない。精霊の誉れである神々への従属も視野に入れていたが、仕えたいと思う神々はいなかった。
自分の力を余す処無く使いたい、ずっと傍にいたいと思う神々を見出せないでいたのだ。
ふと、目の前の少年神へ目が行く。
アーネベルアを失ってルシフへと赴いた時、少年は自分の事を気遣ってくれた。
優しい気配に包まれて何時しか、その腕の中で眠ってしまった自分を周りにいた精霊騎士達と神龍達は、揶揄する事無く主と共に気遣ってくれた。
主がいない事の苦しさ、切なさを知っている神龍達は、尚更彼の心を労い心配してくれもした。彼等はまだこの少年の許で元気にしているのかと思い、それを口にした。
「リシェア様、神龍様方は、お元気ですか?」
「ああ、元気だ。そうだ、フレアムが会いたいなら彼等も此処にいるぞ。
神龍達もフレアムの事を心配していたしな。会ってくれるか?」
問われて頷いたレナフレアムは、ある事を言い出した。
「リシェア様、先程の件、お受け致します。
神龍様方や精霊騎士様方とお話がしたいですし、旅で知った事を整理したいので。」
思わぬ申し出にリシェアオーガは嬉しそうに微笑み、
「そう言う事だったら神龍達も、レスもランナも、ケフェルも喜ぶ。是非、そうしてくれ。」
と、即答を返した。その微笑にレナフレアムは、不覚にも見惚れてしまった。
以前と違い主を持たない精霊故に、強烈に魅かれる神子であり、神である少年の微笑。
その笑顔に言葉を失い、見つめるしか出来無い彼へアーネベルアとアルベルトが口を開く。
「フレアムが見惚れるなんて、珍しいね。
まあ、リシェア様のその微笑に、見惚れない精霊がいないとも言えるのだけど。」
「狡いですよ。フレアムさん。俺だって、リシェア様に微笑を向けられたいのに……。」
二人に言われて我に返ったレナフレアムは、考えられる理由を率直に告げる。
「お二人共…私の中に流れる血筋の半分が、光の物だという事をお忘れですか?
リシェア様は、私の片親を創られた神の神子ですよ。見惚れて当たり前です。」
開き直りとも取れる言い草に、そこに居た人々から再び笑いが起こっていた。
そんな遣り取りが行われている部屋へ新たな訪問者が訪れた。リシェアオーガを捜して来たらしいその人物が扉を叩く。
「リシェア様、此処においでですか?ジェスク様とクリフラール様が、お呼びです。」
聞こえた声にリシェアオーガが返事をし、アルベルトが扉を開ける。
そこには大地の精霊騎士が立っていた。アルベルト以外にとって、知己の精霊へ彼等は挨拶をし、精霊もそれを返す。
初めて見るアルベルトにも挨拶をした大地の精霊は、自分の主に向き直る。
「リシェア様、新たな騎士達も一緒に来て欲しいと言われています。
べルアとアルと…フレアムも共に来てくれ。エニアとファムは、此処で休んでいて欲しい。
くれぐれも無理するなよ。」
さり気無く釘を刺された老人達は、苦笑いをしてこの場に残る事にした。名を呼ばれた三人は共に部屋から出たが、何故、レナフレアムが呼ばれたか不思議に思った。
「レス様、何故、私も一緒に来るように言われたのですか?」
「ああ、神龍達が会いたいって言って聞かなかったんだ。
ジェスク様達が居る部屋の隣で控えているから、丁度良いと思って呼んだんだよ。」
納得出来る答えが帰って来て、レナフレアムは懐かしそうな微笑を浮かべた。自分も会いたいと思っていた相手から、望まれたとあっては断る理由も無い。
彼の様子を見て、リシェアオーガも微笑んでいた。
嘆き悲しんでいる姿を思い出し、彼の心が安らげる場所があれば良いと思っていた矢先の表情故に、その場所が神龍達の傍という事にも安堵したのだ。
元炎の騎士は、彼と同じ精霊となると以前慕われていた精霊の主になれない事を薄々感じていたが、それよりも炎の剣の枷から外れたいのが先だった。
精霊になって重荷は下りたが従者であった精霊の嘆きに正面から対面した今、彼が新しい主を得る事を望んでしまった。と同時に自分と同じ主を選んで欲しいとも思った。
前の様に共に戦いたいと勝手ながら願ってしまう自分に溜息を吐く。彼の様子に気が付いた嘗ての部下である精霊剣士は彼へ話し掛ける。
「べルア様、如何かなさいましたか?」
精霊騎士と判った時点で敬称を元に戻す精霊へ速答が出来ず、少し考える間を置いてから告げた。
「フレアムはまだ…主を見つけていないんだよね。
…私の我儘なのだけど、以前のように一緒に戦いたいと思ってね。
………物凄く言い難い事なんだけどフレアム、君は精霊騎士にならないかい?」
アーネベルアからの思わぬ誘いでレナフレアムの心に迷いが生じた。自ら主とする神を見出せなかった自分へ元主が精霊の誉れである誘いをしたのだ。
悩み撒くっている炎光の精霊に気が付いたリシェアオーガが自分の騎士へ叱咤する。
「べルア、フレアムが困っているだろう。
仕える主が見出せない状態でのその誘いは、精霊にとって酷な筈だ。フレアムも真面目に考えないで流せば……出来無いか。」
精霊の特徴を知っているリシェアオーガはレナフレアムの悩みを否定出来無かった。そして、ある事を決めたらしい。
「フレアム、これから先、べルアと共にいる間で考えれば良い。ベルアは私の傍にいるだろうし、私といるのなら他の神々と直接会える機会も多い。
その内フレアムも、自ら仕えたいと思える神を見出せるだろう。」
幼き神の言葉でにレナフレアムは納得して頷いた。神殿で神々の像を前にするより、直接の会う方がはっきりと判断出来ると思った様だ。
彼の様子で安心したアーネベルアは、元孫と自身の仕える神と共に他の守護神が待つ部屋へ赴いた。