元祖父と孫
突然、開いたままだった扉から、熟年の男性の声がした。
振り向くとそこには、紅の髪と紅金の瞳の男性が立っていた。彼は、自分と同じ色合いの精霊を見つけて驚いていたようだ。
アーネベルアの方も男性を見つめ、無言になった。自分と同じ色合いの、人間の時の己が孫を思い出したのだ。
そして、ぽそりとその名を呟く。
「…アルベルト…」
呟きが聞こえた男性は、怪訝そうな顔をしながらアーネベルアの方を向き、その顔を確かめながら返す。
「初めまして、炎の精霊殿とお見受けします…が、何故、私の名を知っているのですか?
……………?御爺様?…………ああああ~!!!何故?御爺様が若返って、生き返っているんですか???
そう言えば、あの時、こちらの方も一緒で…御爺様も若返って????」
目に見えて混乱している男性に、リシェアオーガも何かを確認したらしい。
「そなた、あの時べルアの魂の姿を見た者だな?
まあ、身内なれば混乱も致したか無いな。
今のべルアは、精霊として転生している。炎の神の希望で人間の時と同じ姿になっている。」
声を掛けられた本人は、その主を目に捉えて言われた事を復唱する。
「精霊に転生ですか?あ……その服装は…リシェアオーガ様?!……し・知らぬとはいえ、あの時は無礼を致しました~~。」
元孫が声の主が何者かである事を悟り、その慌てっ振りにアーネベルアは頭を抱えて言葉の一撃を食らわせた。
「アル…君は、もう少し落ち着きを養えって、何時も言っていただろう。
未だにそんなんじゃあ、先が思いやられるよ。もっと周りを見る目を養うんだよ。」
祖父であった精霊の言葉にアルベルトは一瞬にして、落胆した顔になる。中々治らないこれは彼の父親譲りであり、祖母の性格でもあった。
しかし、父親の方はしっかりとその性格を制し、祖父のそれに近くなっている。目の前の本人は努力の跡が見えるが、如何せん以前と変わらないようにも見える。
アーネベルアは、我が子であり、アルベルトの父親であるアルファリートの性格が一変した出来事を思い出し、ある事を尋ねた。
「アルは、今、結婚相手はいるのかい?」
唐突に尋ねられた彼は、キョトンとして首を横に振る。その姿に苦笑した老人達が話し出す。
「アルは、まだ未婚ですよ。然も、気に入ったお嬢様もいないようです。」
「己を売り込むお嬢様方は沢山いるのですが、アルの方が彼女達を避けていますよ。
まあ、理想だけは高いようですね。」
「アルにも、理想があるんだね…。で、どんな御嬢さんかな?」
老人達の話に悪乗りしたアーネベルアにアルベルトは俯き、言い難そうに口をモゴモゴするだけだった。そんな彼の代弁をファムトリア老が笑いながら始める。
「金髪の少女らしいですよ。何でも、御爺様が死ぬ間際に見掛けたようです。」
「…?私の死ぬ間際?」
聞こえた言葉に、その視線を傍にいる少年へ向ける。少年も何か気付いたらしく溜息を吐く。
「……アルベルトだったな。その理想の少女って…私の事か?」
率直な意見で指摘された本人は、顔を上げて戸惑いがちに彼を見る。確かめるような視線を向け、確信した様に頷いた孫へアーネベルアの鉄拳が下った。
「因りによって、リシェア様に懸想するとは…。
気持ちは判らなくもないが、報われない想いと判っているのかい?」
「判っています。あの時はリシェアオーガ様とは知りませんでしたけど、判った後はリシェアオーガ様みたいな女性がいたら…って、思っています。
ですが…未だに見つかりませんし…本人を前にすると…駄目ですね…。」
溜息交じりで言われ、苦笑する周りを余所にリシェアオーガが彼に尋ねた。
「アルは、心に決めた主を持っているのか?」
「本来なら、陛下や殿下が主だと言いたい所ですが、未だ見い出せていません。
だから、エニア様やファム様に良く突っ突かれるんですよ。」
リシェアオーガの質問に、素直に答えるアルベルトへアーネベルアの突っ込みが入る。
「騎士たる者が主を見出せなくて、如何する!…か?」
「はい、御爺様。」
祖父に言われ、首を垂れるその孫。
その様子にリシェアオーガが真剣な眼差しを送る。何かを探るような視線で彼を見つめ、納得した様に再び質問をする。
「アル、そなたが我に感じている感情は、本当に恋愛のそれなのか?」
言われて、はっとしたアルベルトは考え込んだ。あの時は何故か男装の少女と思った為、理想の女性と恋い焦がれていた。
両方の性を持つ神と知った後に、今、彼が追い求めていた本人を目の前にして感じる事は……傍にいたいという事。
目の前の神の傍を求める…その感情がアルベルトに行動を起こさせた。跪き、神と主に捧げる騎士としての最敬礼。そして、告げる言葉。
『我が不変の忠誠を貴方へ。その証に、この剣を捧げます。』
自らの剣を両手に掲げ、リシェアオーガに差し出して告げられた言霊。それにリシェアオーガは反応し、声を掛ける。
「アル、その言葉を我に告げるという事は、この国と己が家を離れる事に繋がるぞ。
それで良いのか?」
「国の方は後を任せられる者がいますし、家は既に弟が後を継いでいます。
まあ、御爺様の遺言に背く事にはなりますが…私の騎士としての心は、貴方を主として求めています。」
返った返事にリシェアオーガは、ちらりと炎の精霊を見る。孫の選んだ事に頭を抱えながら見ている炎の精霊は、その視線に気付いて頷いて彼へ向けて口を開く。
「アル…私の遺言は半分無効にするよ。
クリエが家を継いだのなら、家族はあの子に任せればいい。
騎士が主を見出せたなら仕方無いしね。それにリシェア様の傍なら、家族を含めた世界を護るという事に繋がるから、私の遺言の半分は有効だよ。」
皆を宜しくと言った遺言に、家を継ぐ事と家族を護る事を含めていた事をアーネベルアが告げるとリシェアオーガが動いた。
アルベルトの前に進み、掲げられた剣に左腕を置く。そして、返すべき言葉を綴る。
「『アルベルト・フェルナディール・コーネルト。
我、ファムエリシル・リュージェ・ルシム・リシェアオーガは、そなたの剣と志をしかと受け止めた。
騎士として、その生命が果てるまで我が傍で仕えよ。』
…アル、この国での雑務を終えてから、我が許へ来るが良い。ルシフへ向かえば連絡は付く。」
「承知いたしました、我が主。…?
御爺様、何か他に言いたい事が御有りですか?」
主従の誓いが終って顔を上げたアルベルトは、祖父であったアーネベルアの視線に気付いて尋ねる。炎の精霊は溜息を吐き、彼が知らない事実を教えた。
「…血は、争えなかったみたいだね。撚りによって君まで、リシェア様に仕えるとは…ね。」
「え…?という事は…御爺様は、リシェア様の精霊騎士なのですか?!」
驚いて質問をするアルベルトにアーネベルアは頷き、言葉を返す。
「私の剣が出来たら、誓いをする予定だよ。勿論、リシェア様からは既に了承を頂いている。
…だからアル…同じ神に仕えて同僚になる私を、【御爺様】って呼ぶのだけは止めてくれないかな?」
「無理です。今は精霊であっても以前の貴方は私の祖父です。
姿と名前が同じならば、余計に呼び名を変えられません。」
即答で断言され、苦笑するアーネベルアに周りの者の笑いを誘った。